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アイドルが好きです。

僕の心は君の形をしているから〜2017年、ありがとうございました!〜

2017年12月31日。

私は、実家の台所でこの文章を書いている。
キッチンというより台所という言葉が相応しい。父と母が結婚する少し前に建てられた我が家は築35年余り。勝手口の土間から台所へ上がる廊下は、鶯張りでギィギィと鳴く。防寒など全く考えずに作られた台所は寒い。昨夜降った雪に包まれた今朝は殊更寒く、昨日収穫した白菜の葉が凍るほどだった。未だに、エアコンはない。きっと、この空間にエアコンが設えられることはこの先もないだろう。足元に置かれた石油ストーブだけが暖をとる道具だ。
朝から正月の朝に出す煮しめを作っていた台所には、ふんわりと火の温もりが残っている。火を止めたコンロにかけっぱなしの大鍋からは、砂糖と醤油が煮詰められた甘い匂いが漂う。重箱に詰められた御節はない。代わりに大皿に数の子や伊達巻、松竹梅の蒲鉾が並べられる。日常の延長線上にほんの少しのハレが在る。それが、我が家の正月の風景だ。
子供の頃から、大晦日の朝が好きだった。正月を迎えるため、祖父母が仏壇や神棚を整えるのも、父がシキミの枝を持ち帰ってくるのも、母が煮しめを作るのも。まとまりのない我が家の面々が一つの目的に向かって動いているのを見るのが好きだった。
今は祖父母は年老いて、仏壇や神棚を整えるのも父の仕事になった。けれど、台所に染み渡る煮しめの甘い匂いが、あの日々を思い出させる。
そんな記憶の残り香の中、私は30年もののダイニングテーブルに向かっている。

勝手口のドアにはめ込まれた磨りガラスから差し込む光は白い。土間に落ちる光は、周りに置かれた生活のための道具で欠け、四角の角を削り取られている。なんだかハートみたいだ。歪な形のハートが大晦日の朝に白く跡を残した。


2017年を振り返ってみると、久々に充実した一年だったように思う。その時々で楽しく生きているものの、こんなにいい一年だったと思えた年は久しくなかった。
好きなグループが二組、五周年を迎えた。それぞれ違った五周年だった。
春、Sexy Zoneの五周年コンサート。今まで心の中に折り重なって沈んでいた苦しみや悲しみがやっと消えた気がした。
夏、A.B.C-Zの五周年コンサート。心の中に燻っていた不安や焦燥感がやっと消えた気がした。
そして、残ったのは、どちらも未来に対する希望だった。
それぞれに感じるものは違っていたけれど、思いを届けようとする彼らの熱意は同じだった。五周年という一度しかない一年に、今までを振り返り、これからを夢見ている。その思いが作り出す熱量は、夜空の星を全て集めても足りない程の煌めきを纏う奇跡のような美しさだった。
一度しかない、その煌めきを目にすることが出来たこと。それは、とても幸せなことだったと思う。それだけでも、私のこの一年間はとても充実していた。

 

もう一つ、私にとってこの一年が充実していた理由は、また戸塚くんを好きになれたからだと思う。
横アリからの数日間で、信じるというとてもシンプルで難しい感情を思い出させてくれた。
夏からの数ヶ月で、大人といえども人間は常に変化していくんだということを教えてくれた。
2017年の戸塚くんの好きだったところは「“今”の戸塚祥太を愛していたところ」だ。

彼は、その容姿の端麗さを筆頭とした生まれ持った魅力はもちろん、彼自身が思い悩み試行錯誤して勝ち取ってきた素晴らしい魅力で溢れている。けれど、今までの彼は、それに甘んじることを良しとせず、常に欠けている部分を何とか埋めようともがいていたように思う。切なる希求は戸塚祥太という人間の圧倒的な魅力でもあったし、美しさでもあった。一方でそれは、欠けている自分への免罪符を手に入れるための手段でもあったように思う。
ところが、最近の戸塚くんは、欠けている部分を埋めようと必死に手を伸ばすことより、自分の内側に既にあるものを手に取り大事に育てようとしている。私の目には、そんな風に映っている。
変化が目に見えて大きくなったのは、夏のツアーの途中だったように思う。様々な経験をしてきた彼に訪れた大きな変化の瞬間。それが、グループの仕事をきっかけにしていたことは、とても喜ばしいことだった。戸塚くんが構成から手掛けた今年のツアーは、愛の人である彼が、今まで以上に深く大きな愛情を注いだ仕事だったように思う。そして、彼の愛に応えるように周囲も大きな愛を返した。優しく温かなそれが、心に、体に行き渡っていく感覚を、彼は改めて感じられたのではないだろうか。その経験が、彼自身に自信を与え、“今”の自分を愛せる彼を形作っていったのかもしれない。
“今”を愛する戸塚くんは強く、今まで以上に自由で、美しかった。体中に満ちた愛が、彼の内側から溢れる光を増幅させ、美しくさせていた。

 

LOVEを届ける。

今年、戸塚くんが発し続けた言葉は、彼の中に満ちた愛を分け与えていく神聖な行為を意味していたように思う。戸塚くんが、家族や友人、先輩、仲間たち、言葉にできないほどたくさんの人々から受け取った愛。それが戸塚くんの体と心を通して私たちのもとに届いた一年は、かけがえのないものだった。
戸塚くんの愛は、私たちの中で生きている。いつか、私たちの心がたくさんの愛で満たされる時、私たちは動き始めるだろう。もらった愛を、誰かに与えるために。

それは今かもしれない。一年後かもしれない。十年後かもしれない。いつかは分からないけど、私たちの行く末のどこかで、きっといつか。私は、そう思っている。

きっと、戸塚くんは種をひとつ、撒いている。


コーヒーを淹れるために、食器棚からマグカップを取り出した。実家で使っているマグカップは学生時代に友人にもらったものだった。私にとってつらい時代を支えてくれた友人だ。
振り返ると、私は人に支えられ、助けられて生きてきたように思う。大きな成功も、成し遂げたこともないけれど、人に恵まれたことだけが私の人生で誇れることだと思う。
2017年も公私ともにたくさんの人に支えられた一年だった。家族も友人も上司も同僚も、近くにいる人も遠く離れている人も、たくさんの人に支えられた。その中の一人に戸塚くんも居る、A.B.C-Zも居る、彼らを通して仲良くなった友人たちも居る。直接的でも、間接的でも、関係ない。非常にたくさんの人に支えられ、364日を過ごしてきた。
365日目の朝は静かに過ぎていく。屋根から滑り落ちた雪で、勝手口から差し込んだ光が揺れた。白いハートは、太陽が昇るにつれて徐々に形を変えていく。移ろいながら、ゆっくりと。新しい一年に向けて動き始めている。

 

2017年12月31日。
きっと、今、私の心は、あなたたちの形をしている。

 


☆☆☆

 

2017年ありがとうございました!楽しいオタク生活でした!
2018年も何卒よろしくお願いします!

 

という思いを込めながら、戸塚くんが伝伝で書きそうな文章(虚実入り混じる。実際は胃腸炎で床に臥せっている私でした)にて、敬意を込めて。

 

それでは、

み、な、さ、ま、良いお年をっ!!ジャーーーン!!!!