I like what I like

お好きにどうぞ

この世は沼ばかり〜ジャニオタがFantasy on Ice 2017に行ってきた話〜

足を踏み入れてはいけないと思っていたものの一つにとうとう足を踏み入れることとなったので、ご報告をさせていただきます。

生まれてこのかたうん十年、ジャニーズ畑の真ん中でぬくぬくと育ってきた私にとって未知の世界ではありましたが、驚くほどジャニオタのツボを刺激するポイントが溢れていました。
私が富豪なら、フィギュアスケートにちょっと興味があるという世のジャニオタ全員にチケットをプレゼントしたい。私が連れて行ってあげる!と言いたい。
残念ながら富豪ではないので、1えび座〜2ジャニワの間の価格帯のアイスショーのチケットなどプレゼント出来ません。

全く別のものだとわかっていて、アイスショーアイスショーで楽しんだんだけど、時折潜在的なジャニオタ魂に訴えかけられので、その辺を中心に残しておこうと思います。

※後半はただただ私がスケーターに沸いているだけです。

 

さて、今回アイスショー行ってみよっかな?となったきっかけは、某フィギュアスケートアニメかなと思います。しかし、もともと大ちゃんこと高橋大輔さんがすごく好きだった私にとってフィギュアスケートは遠くはない存在でした。

行ってみよっかな、なんて気軽な気持ちでデビューしてみたものの、チケット取るの大変なんですね。今回はお相伴にあずかったのですが、来年以降怖い。

競技のオフシーズンはアイスショーがあるということを知ってはいましたが、内容は未知なのでおっかなびっくりで向かった幕張メッセ

どんな感じなのか想像もつかないって緊張しますね。久々に現場前に緊張した。最近、コンサートや舞台じゃ初日だろうがオーラスだろうが全く緊張しなくなってた私にとっては懐かしい感覚でした。ただ幕張はめちゃめちゃ遠くて心折れた。

会場に入ってまずリンクサイドの壁がないことに驚きました。ショートサイドのお席だったんですが、客席から1メートルもない場所までリンクがあって、こんな近くで見れるんだなぁとびっくり。

あと寒かった。連れて行ってくださった方に寒いと言われていたので膝掛けを持っていっていたから耐えられたものの足元から冷気がすごい。冷える。

会場の中は、照明がキラキラしてて、結構大音量で音楽が鳴ってて「これはコンサートですか?」と戸惑い、客電が落ちてオープニングが始まった瞬間「やっぱりこれはコンサートでは?」と疑い、終わった後には「結果、コンサートだった!」と確信しながら帰ってきました。

生演奏もあるので本当にコンサートではあるものの、私が言いたいのは『ジャニオタ的イメージのジャニーズのコンサートと通ずる部分があった』ということです。

 

例えば、オープニングやエンディング。出演者が総出で氷上で踊る姿。国内外の有名スケーターが一つのリンクの上で、一緒に滑って、楽しそうに踊ってるわけですよ。

ここは天国かな?

※幕張公演の出演スケーターはこちらでご確認ください。

Fantasy on Ice 2017 | ファンタジー・オン・アイス 2017 公式サイト / スケーター紹介や公演日程、チケット情報など

私がフィギュアスケートを一番よく見ていたのはトリノ五輪からバンクーバー五輪あたり、といったところでフィギュアスケートに明るい方はお分かりになると思いますが、はっきり言って神が一堂に会したレベル。

その錚々たる面子が、同じステージ(リンク)の上で踊る(滑る)んですよ。

ジャニオタ的にわかりやすく例えれば、ジャニーズカウントダウンコンサートかジャニーズワールド(初演)かな。東西南北 老若男女 過去の自担、現在の自担、未来の自担が同じ板の上に勢揃いしてしまうあの感じ。

豪華過ぎて目が二つじゃ足りない。私は、百目になりたい。

 

あと、歓声の温度感がコンサート過ぎました。

オープニングで満を辞して羽生くんが登場した瞬間、幕張メッセ揺れたよね。

個人的にはあのレベルの歓声を巻き起こせるのは、山田涼介(Hey!Say!JUMP)か、羽生結弦か、というところです。

件の羽生くんについて、私個人としては普通に応援はするけれど、そこまで好きではないと思っていたわけです。

そう、生の彼を見るまでは。

いやー、びっくりした。すごく……なんていうか……美しかった。美しかったんですよ。彼の周りだけ光の粉でも舞ってるのかな、と錯覚するほどキラキラ輝いていた。すごい。

最初は歓声がすごくて驚いてしまいましたが、見れば見るほど、歓声が湧き起こるのも当たり前だなぁという気持ちになり、結果的には冷静に見ることが出来なくなってしまいました。

※羽生くんについての色々は後述。

 

アイスショー全体の流れとしては、全員でのOP後、アーティストとのコラボとスケーター一人一人がプログラムを滑るパートが順々にあるような感じ。1時間半ぐらいで休憩時間を挟んで、後半パートへ。こちらも同様にアーティストとのコラボと一人一人のプロ。そして、エンディングにもう一度全員でのスケーティングという形です。

ざっくりいうと、ソロがたくさんあるコンサートをイメージしてください。

正直、行く前は3時間(予定)も見てられるかなぁと不安だったんですが、始まってみると本当にあっという間の時間でした。

スケーターが変わるというのもあるし、構成としても飽きさせないように緩急がついていて、ショーとしてとても楽しかったです。

最初から最後まで本当に全く飽きることなく楽しめた3時間半(結果)でした。

あと、時間と同列ぐらいで不安だったのが、画角的に楽しめるかということ。

テレビ放送だといい感じにカメラが追ってくれて、常にそこそこいい画角で見せてくれるけれど、生ってことは定点観測なわけで、それってどうなのかなぁ…って思ってたんですけど、全く無駄な心配でした。全然大丈夫。

 

フィナーレ的な部分では、いつもコンサートで感じている、あぁ……終わっちゃう、終わってほしくないなぁ……、という気持ちにもなりました。

本当に夢みたいな時間でした。

コンサートとアイスショー、会場の雰囲気だとかプログラムとかそういう部分で似通っている部分もあるけれど、やっぱり一番似ているのは本質的な部分だと思います。同じように夢みたいな世界でした。

夢を見ていられるのはたったの数時間で、夢から醒めると現実の世界に戻ってしまうけれど、その瞬間の煌めきと感動を心の中に残してくれる。かっこよくて綺麗で美しくて気高い、魔法使いみたいな人たちが集まっている素晴らしい空間。そりゃ楽しくないわけがない。

 

競技としてのフィギュアスケートは、技術や芸術性を競うものだから緊張感もあるし、何よりも彼らはアスリートの表情をしていて、見ている側としても楽しむというよりは応援するという気持ちになってしまいます。

でも、アイスショーの彼らは、スケートが上手でスケートが好きなエンターテイナーの表情をしているように思います。のびやかで楽しそうな、ある意味子供のような表情。それを見ているとやっぱり楽しくなっちゃう。

テレビでは競技者としての一面しか見れていないんだなぁと思うと、なんだかもったいないなぁという気持ちになってしまいました。

この数年間、行こう行こうと思いながら、ずっと行かずにいたことが勿体無かった。

興味があるならぜひ行ってください、と心から思います。ほんと楽しいから。

でもね、気をつけた方がいい。ここもきっと沼です。

 

***

 

さて、せっかくなので、私が感じた特に印象に残った出演者についてメモ書き。

イメージとフィーリングなので、違う部分があったらすみません。一応Wikipediaは見ましたが(笑)、全然知識がない!詳しい方がいらっしゃったら、訂正がてら是非色々教えてください。全体的に敬称略。

そして、お気付きかと思いますが、私は!男子フィギュアが!好きです!

(女子に対する記述が少なくてすみません) 

◆アンナ・カッペリーニ / ルカ・ラノッテ

競技ではなかなか見る機会がないアイスダンス。ちゃんと見たのはこの日が初めて出来たが、本当に綺麗でドキドキしてしまいました。見惚れることが本当に多かった。

当たり前ですが、二人だからこそできる表現というのがとても多くて、シングルにはない美しさと見応えがありました。

テレビ放送が少ないせいもあり、なかなか見ることがない種目だったけど、もっと見てみたいなぁと思いました。

ハビエル・フェルナンデス

安藤美姫の彼、というイメージが強すぎた彼。二曲のプロのうちの一曲を彼女がお手伝いしていたのは期待を裏切らなかった(笑)

コミカルでユーモア溢れる演技をする選手というイメージ通り、とても楽しませてくれました。表現としてはおどけていて可愛らしさがあるんだけど、力強さも感じられ見応えがあります。

◆エラジ・バルデ

はじめまして、のスケーターでしたが、とにかく大活躍だった!いうなれば仕事人の出来ジュです。

身体能力がとにかく高い。バックスピン(要するにバク宙)を連発していました。くるっくるまわる。塚田くんかな?

楽しそうに滑っているので見ていて楽しくなる。そういうところも仕事人。

エフゲニー・プルシェンコ

フィギュアスケート界のレジェンド。

オーラがすごい。リンクの上にいると視線が吸い寄せられます。ブラックホールかな。これだけ錚々たるメンツの中でも少し格が違うなぁと思ってしまうほどでした。

立ち姿が美しい、ジャンプが高い。一瞬で場の空気を作って、観客を彼の世界へと引き摺り込んでしまう。

すごいことは知っていたけれど、本当にすごかったです。

二曲滑ったうち、一曲目の東日本大地震の被災者の方へ捧げるプログラム。表現の仕方が芸術家でした。終わった後、なんだかよくわからないけどすごいものを見てしまったなぁと思う。

二曲目は、Sex Bomb。有名なEXナンバーらしいですね!私はここで初めて見たから、度肝を抜かれてしまいました。こんな面白いこともするんだ……と思ったけれど、ググってるとスケートの上手い芸人なのかな?と思う動画がザクザク出てきてびっくり。

100回見たら100回唖然とするし笑える。

プルシェンコ 2001 画質良好SexBomb - niconico

一人で滑ってる時ももちろんすごいんだけど、大勢の中にいてもオーラがすごかった。見ちゃう。

ステファン・ランビエール

王子様だった。優雅すぎる。貴族みたい。王子様だった。

清塚信也のピアノに合わせての戦場のメリークリスマスとプリンスのSometimes It Snows In April。どっちも素晴らしかったんだけど、プリンスの方は衣装も含めて本気で王子様かな?と思いました。なぜ放送してくれなかった……。

流水みたいに滑らかな滑りがとても印象的でした。全部がきちんと繋がっていて、説得力がある。変な表現だけど、一筆書きをしてるみたいな滑りだと感じました。スピンはやっぱりすごく綺麗。ため息出ちゃう。

あと、フィナーレでリンクのギリギリまで滑ってきてくれるところで目の前がランビだったのだけど、ひとつふたつズレたとこにスイスの国旗を持った方が居て、すかさず彼女のところにサービスして去っていくところも王子様すぎました。

すごくどうでもいいけど、彼の身のこなしを見ていると、戸塚担の血が騒ぎます。ちょっと似た空気感がある。

※後日動画をたくさん見ていたら、若い頃の落ち着きのない会見動画が散見されてとってもキュートな人なんだなぁと驚きました。ジョニーと戯れてるのかわいい。時々小学生男子(もしくは幼女)に見えるのなんでですか?

※一日一回見てる動画 【KOI】ツンデレジョニーとしょんぼりランビ【保護者ジュベ】 - niconico

ジェフリー・バトル

とてもダンサブルなプログラムだったのだけど、本当に氷の上で踊っていた。マジで踊ってた。体の使い方は見慣れているダンスに近いものなのだけど、それが氷上を滑りながらだとこういう表現になるんだなぁと感心しました。活き活きと楽しそうに踊っているから、見ているこちらの気持ちも高揚していきます。やんちゃな男の子みたいで可愛かった。

彼自身のプログラムもさることながら、OPとEDでは振付師としても大活躍で、盛り上げ方がすごいなぁと思いました。 

ジョニー・ウィアー

大ちゃんと並んで好きだったスケーターです。通称ジョニ子。彼のスケートの独特の世界観や常に背後に薔薇を背負っているようなお耽美な雰囲気がとにかく好きで、ジョニーが滑る間は瞬きするのすら惜しいと思っていました。そして、中性的な容姿がとても魅力的に感じていました。密かに妖精と呼んでいた。

そんなジョニーが清塚さんのピアノに合わせて滑るBaby, God Bless You。切なさと優しさが溢れる演技で胸が締め付けられました。ジョニーの素晴らしい表現力が前面に出ていて思わず涙が溢れました。すごく美しかった。綺麗よ、ジョニー……。

表現は繊細で柔らかなんだけど、滑りは力強くてしなやかなところがたまらなく好きです。弾力性があって安定感のあるスケーティングだと思います。体幹がしっかりしてるのかな。

しかし、これはなぜ放送されなかったのでしょうか? ちょっと根に持ちそうです。後半のHow it Endsもよかったけど、私はBaby〜が好きだったから本当に悲しい。

そして、ジョニーはいまだに可愛かったです!若い頃のジョニーは本当に妖精みたいな可憐さだったけど、三十路を過ぎたジョニーはセクシーでかわいい!エロかわいい!という感じでした。

※ジャニオタ的にはランビが白王子でジョニーが黒王子のシンメだったら、女子供に精神的な死をもたらせるほど最強だろうなぁと思いました。(すぐこういうこと言う) 

安藤美姫

結構意外だったのが彼女。すごく好きなスケーティングだった。

女性らしさと力強さがいいバランスで共存している感じ。ある意味男性的な表現だなぁと感じるところがあって逞しい女性だなぁと思いました。

織田信成

好感しかない。大黒摩季とのコラボで、本当に楽しそうに滑っていてこちらも幸せな気分になりました。人柄がでるというか、とにかく会場が明るくなる。

思いの外近くで見る瞬間があったのだけど、すごく自然体でそこも好ましかったです。 

◆本田真凛

細くて可愛かった。新しいEXプログラムだったのだけど、小悪魔な感じがキュートでした。とても彼女に似合っていたと思います。こういう曲を出来る時間は限られてるから、子供から大人に向かう今この瞬間に選ぶ曲としてはすごく最適ではないでしょうか。本当に可愛かった。 

宇野昌磨

想像以上に小さくて可愛かった。このメンツの中にいるからか余計に子供に見える。男の子ではあるものの可憐という言葉がよく似合う。

でも、スケーティングは本当に素敵だった。すごく滑らかで伸びやか。滑っている時は、表情がとても精悍でそのギャップも堪らない。 

羽生結弦

当たり前のことを言いますが、羽生くんってとてもスケートが上手なんだなぁと思いました。スピード感やジャンプの高さ、回転速度までなんだかすごかった。上手い下手を判断できる程の目はないんだけど、素人目に見てもとにかく研ぎ澄まされていた。否応無しに圧倒されてしまう感じ。

オーラもすごい。彼を中心に据えた演出になっているということもあるんだろうけど、とにかく目立つ。キラッキラしてる。

あと、気迫がすごかったです。テレビで見てる時にも思っていましたが、演技中の羽生くんは、生きるか死ぬかの戦場にいるような目をしています。集中力がすごい。

一つ次元を飛び越えて、高次な空間に存在しているみたい。綺麗とか美しいとかかっこいいとか、そういうレベルじゃなかったです。いい意味で鬼気迫っていて怖かった。点数もつかないし誰かと競うわけでもないアイスショーでこんな雰囲気を感じるんだから、試合の時はどうなっちゃうんだろうと思いました。

当たり前のことですが、やっぱり人気がすごいですね。彼が登場した瞬間、会場が揺れる。まじで揺れる。会場全体が待ち侘びていた感じがひしひしと伝わってきます。

滑ったのは、今期のSPバラ1。4T-3Tのコンビネーションまで入れててまるで試合みたいでした。滑り終わって、アイスショーなのに納得いかないという表情をしていたのも印象的でしたね。いつでも自分と戦っているんだね……。

※これ以上ハマるのが怖いので、彼の動画はあまり見れません。それをやったらもう終わる。

 

ところで、一週間見るのを我慢したテレビ放送を見ながら書いたんですが、私が見たいところが全然放送されなかったのびっくりした!残念!そして、カメラが追うところが私が見たいところじゃないいいいってなりました。マルチアングル……マルチアングルください……

人生で一番いいコンサートを経験しました〜Sexy Tour2017 STAGE〜

Sexy Tour2017 STAGEに行ってきました!

よかった!すごくよかった!!

こんなコンサート出来ちゃうんだなぁ!5年ってすごいな!

そして、やっぱり、5人でこの瞬間を迎えられてよかった!!!!

それに尽きます。

振り返ろうと思うとこの5年間が走馬灯のように駆け抜けて、もう私死ぬのかなぁ、でもこれで死ねるなら本望だなぁと思いました。

ジャニオタ冥利につきます。

 

5年前、初めてのSexy Zoneの現場は2012.2.12の国際フォーラムでした。

デビュー当時、仲良くしてくれているお友達の間ではとても話題になっていたし、なんとなく漂うお祝いムードみたいなものは感じていたけれど、その頃の私はそこまで興味を持っていなかったです。

興味を持ったきっかけは、当時お友達と行ったファンの方主催?のクラブを貸し切ってのオールナイトイベントで、デビュー曲Sexy Zoneが流れた瞬間の異常な盛り上がりに圧倒されたこと。

周りの盛り上がりもさることながら、私自身もSexyZoneのイントロのドラマチックさで、何かが始まる時のワクワクドキドキする感覚を覚えて、一気にアドレナリンが放出されました。そうして、メンバーの名前と顔も一致していないにも関わらず、急に気になる存在となったのでした。

そんな気持ちのままにお友達についていく形で行ったのが国際フォーラムでのファーストコンでした。

あれから5年。盛り上がり盛り下がりはあったし、ずっと全力だったわけでもないし、一番だったわけでもないけれど、まさかこんな長い間好きでいられるなんて。当時の私はまったく想像していなかったと思います。

 

ところで、5年ってあっという間だけど案外長いんですよね。

産まれたての赤ちゃんがハイハイし始めて、立って歩いて、言葉を話し始めて、もう来年は小学一年生だね〜ってぐらいの年月なんですよね。

ということで、5年前と今の私の中の5人とSexy Zoneの話をします。

今も昔も基本的に現場オンリーで知らないことの方が多いので、あくまでイメージです。

 

🌹マリ🌹

5年前:お人形さん(リカちゃん系)。かわいい。日本語がんばって。\ほとんどだけどー/

今:お人形さん(バービー系)。感性がすごい。

何を隠そう、私がファーストコンで買ったうちわはマリウスくんでした。

どうだ、驚きだろう??

とにかく可愛くて可愛くて可愛かった。日本語もそんなに上手ではなくて、不安なりに笑顔を振り撒いているマリウスくんが健気で可愛かった。

それがどんどんどんどん背が伸びて、今では180センチ?どうなってるんだ。

昔は本当に子供で、風磨くんが愛情ゆえに揶揄うともうっ!ってなっちゃうこともあったけれど、今ではうまく受け流せるようになったマリウスくんの成長がMCの平和さを生みました。おかげで私の心の平穏が保たれています。

カタコトだった日本語もめきめき上達したね。歌や踊りだけでなく、生活の基盤まで変わってたくさんの初めてを抱え、誰よりも学ぶことが多かったであろう彼が、今こうして遜色ないパフォーマンスを実現できるのは、紛れも彼の無い努力の成果だと思います。

マリウスくんの努力を当たり前のように受け止めているところや、みんなを幸せにするのが夢!それが嬉しい!と胸を張って言える素直さが素晴らしいと思います。純粋培養すぎて、親御さんに子育て本を出版してもらいたいジャニーズNo. 1。

マリウスくんの感性には何度もハッとさせられたことがあります。大人に近付いてもその感性が失われていないのはとても喜ばしいことで、Sexy Zoneにとっても財産だと思います。
いつか、マリウスくんが考えたコンサートが見てみたい。それまでは死ねないなと思います。

 

🌹聡ちゃん🌹
5年前:小さい動物のようだ。歌声が綺麗。ファンサが丁寧。\ほとんどだけどー/

今:努力家で頑張り屋さん。前に向かって進んでいく力がすごい。上昇志向。

小さい頃は、小動物感がすごかった。ニコニコ笑って客席に手を振ってる印象がとても強いです。セクゾコンに行くまであまりファンサというものに縁がなかった私が、あ、ファンサってこういうものね!と実感したのは聡ちゃんを見てからでした。

歌声がとても綺麗。声変わり前の聡ちゃんの天使のような歌声がすごく好きでしたが、声変わりを経た、綺麗で優しい耳に馴染む声も大好きです。その声でまっすぐに歌う聡ちゃんの歌がとても好きです。

ダンスもピカイチで、いつも一生懸命。小さな体を物ともせず、全身をフル活用したダンスはステージの上でひときわ際立つ存在感を放っています。

マリウスくんと同じく、今そういう風に感じられるのも、それ相応の努力があったからなんだろうなぁと思います。

最近では、聡ちゃんの上昇志向が、Sexy Zoneの雰囲気をとても良いものにしていると思います。

いつもにこにこしていてあまり自分を見せない聡ちゃんだけど、言わずもがな悔しい思いをしたこともあるだろうし、その思いをバネに頑張った部分もあるのではないかなと思います。

最近の緑のペンラ率は、成長ももちろんあるだろうけれど、聡ちゃん自身の努力で勝ち取ったものではないかなぁとぼんやり思うことがあったりします。

聡ちゃんって案外頑固で意思が強そうだなと思うことがありますが、そんな直向きさをSexy Zoneというグループに持ち帰ってくれた聡ちゃんに感謝しています。  

 

🌹勝利🌹

5年前:神様に作られた美しきエリート。顔小さい。頑張れ、頑張れ…。

今:誠実で優しい。容姿に内面の美しさが滲み出ている。Sexy Zoneの安定感担当。

天は二物を与えずというけれど、そんな言葉が嘘だということを体現している美しき私たちのセンター。

恵まれ過ぎた容姿に最初はとにかく驚愕しました。こんな綺麗な顔の子がいるんだなぁ〜と感心してしまいました。そのまま大人になったのも奇跡だと思います。ビジュアル面では安定感半端ない。

一方で、私が心の中で(頑張れ、頑張れ……)と呟いた回数は一番多いと思います。親のような目で見守り続けていましたが、今は全然!全く!心配ない!安心安全の我が軍のゼロ番です。

昔はただただ綺麗な子という印象だった勝利も、今では深みのある美しい人になりました。

センターに立っているからこそ、Sexy Zoneを背負っているからこそ、きっと遣る瀬無さを感じることもあったのではないかなぁと思います。その想いを歌や言葉を通して、どうにかして伝えようと努力してくれる勝利はとても優しいし誠実な人だと思います。

案外感激屋で泣き虫なところも可愛い。そのまっすぐさが安心感を生んでいます。

トーク面では、てんでバラバラでボケたがりと天然しかいないSexy Zoneの中で、唯一の良心となるツッコミ役に成長してくれたこともとても喜ばしいことです。

 

🌹風磨くん🌹

5年前:爆モテ。スクールカーストてっぺんのノリがこわい。見ててハラハラする。

今:白くてかわいい、マシュマロかな?情に厚くていいやつ。私の中のオンナを呼び起こす。

たぶん周りからすると、私が風磨くんを好きになることは予定調和だったと思いますし、私自身も今ではなるべくしてそうなったと思っていますが、最初はとにかく怖くて苦手でした!

今までの人生で、スクールカースト上位の男子は怖いとか、ガキ大将タイプ怖いとか刷り込みされていたから、なんとなく苦手だったんです。

それがどういうことかうちわを持つようになり、あまつさえ私史上初のファンサ落ちというものを経験したのも風磨くんでした。ファンサもらうと肌が綺麗になるって本当だったんだなぁと翌日しみじみ思いました。

そんなきっかけのせいもあり、風磨くんのうちわを持っている私はただのオンナに成り下がっています。

基本はふわふわのマシュマロなので、かわいいかわいいと愛でているけれど、ちょっと褒めてくれたり微笑みかけてくれたり手振ってくれたりするとただのオンナになるんです、自分がこわい。

昔は今日のご機嫌はどうかな?とハラハラすることもあったり、反抗期の風磨くんを許容できなかったこともあったけど、今ではすっかり丸くなって、仲間思いで情に厚いところが前面に出る“いいやつ”になってくれたことが私は本当に嬉しいです。

正直、23歳ぐらいまでは彼の反抗期に付き合うつもりでした。思ったよりも早く雪解けがやってきて肩透かしをくらいつつも、本当に本当に良かったと思っています。

ジャニオタ人生の中で特別な自担のひとりです。今後ともよろしくお願いします。

 

🌹健人くん🌹

5年前:なんだかよくわかんないけど、人生楽しんでそうだし、アイドル楽しんでそう。あと顔がかわいい。

今:人生楽しんでそうだし、アイドル楽しんでそう。大人。

デビュー当時はまだしも日に日にインパクトが強くなっていって、とにかくインパクトが強くてキャラが強烈だった。

とにかくインパクトが強くてキャラが強烈だった。

割と顔から好きになる私にとって、こんなに顔がかわいいのに、担当に出来そうにないことってあるんだなぁ〜とつくづく思った人でした。

本当はどんな人なんだろう……?と考え続け5年。今になってやっと、本当も何も本当に彼はこのままの人なのかもしれない、と思えるようになった人。

パーソナリティがわかりにくいというか、あまりに現実離れしすぎていて、神様に選ばれアイドルとして生まれついた人間なのか、はたまた現在のアイドル事情を憂慮した未来人が人類の叡智の結晶として産み出し現代に送り込んだアイドル特化型アンドロイドなのか、はてどっちだ?と思っていました。もちろん、人間ですけども。

今考えると、デビュー間もない頃から、健人は考え方が大人だったのかなぁと思います。それは彼の頭の良さゆえ。

私には物分かりがよすぎるように見えてしまった時期もあったんだけど、それも健人が大人だったからなのかなと思いました。

昔は、自分がSexy Zoneを引っ張らないと!頑張らないと!と孤軍奮闘しているなぁと感じることもあったけれど、最近はメンバーの成長とグループの雰囲気の良さからか、少し肩の力を抜いて遠くから眺めていることも多くなったように思います。なかなか休日のお父さん感もしくは子育てを終えたお母さん感が出てきていて愛おしいです。

 

🌹Sexy Zone🌹

5年前:キラキラアイドル。ふまけんとちびーず。

今:中身もキラキラなアイドル。みんないい子すぎて100回は産んだ。5人でSexy Zone

冒頭でも触れた通り、デビュー時のキラキラ輝いて希望に満ち溢れているSexy Zoneから5年。

こんなに紆余曲折あるアイドルって他にはいないだろうし、今後一切出てきてほしくないと思っています。

メンバーが脱退することは他のグループに担当がいた時にも経験していたけれど、脱退ではなくて分裂のような形になることなんて前代未聞だろうと思っています。

デビューからしばらくは、ふまけんとちびーずの間にある壁というものをひしひしと感じたし、上手く噛み合わない歯車を誤魔化しながらどうにかこうにか回している感覚もありました。

ふまけんはふまけんで、仲が良いときは三人を置き去りにして二人の空気を作ってしまうし、仲が悪いときは目すらあわせないし。3人時代以外でもちょっともやもやすることもそれなりにあったように思います。

そういうぎこちない時代を越えてこそいいグループになれるというのは、W杯デビュー組が持っている宿命かもしれませんが、時には、本当にその日が来るのか不安に思うこともありました。

それでも、その日が来たよ!と、今なら胸を張って言える気がします。

最初はSexy Zoneという箱にぽんと入れられた寄せ集めの5人だったけれど、今では最初の箱に収まりきらず、その箱を飛び出して体ひとつで勝負していける正真正銘のアイドル。

それを作ったのは、彼らの人間としての素直さや努力を惜しまない姿勢だったのかなと思います。

ジャニーズのタレントさんは、みんな努力家ですし、すごく素直な人ばかりだから、Sexy Zoneが特別素晴らしいというつもりは全くないけれど、本当に頑張ったねと花マルをあげたいです。

もちろん、努力が全て報われるわけでもないし、素直であれば万事上手くいくわけでもありません。

運が多分に味方した部分もあるとは思うけれど、その運を掴めるような力強い意思の力を、彼らに今感じています。

結果論にはなりますが、5人で5周年を迎えることが出来て本当に良かった。
彼らと彼らの周りの大人たちに感謝しています。

 

全然コンサートのことに触れてないのに既に5000字も費やしていました。

さて、今回のコンサートですが、感傷的になる部分はさておき、とてもいいコンサートでした。

私の中のいいコンサートの基準は、パッケージに残して欲しいな、早く見たいな、と思えるかどうかなんですが、今回のコンサートはまさにそれでした。

まず、花道を作らずにショウとして完成させたのがとても良かったです。5年でこのステージまで来るんだなぁとただただ感心。

そして、オタクの心を読んだかのような演出が憎かった。

例えば、メンバーの過去のソロ曲・ユニット曲を他のメンバーも出て来て歌う。過去をなぞったようなエモい演出。そして、選曲もなかなかにオタク好み。見たかった、聞きたかった!を形にするコンサートでした。

風磨くんがこのコンサートを作れたのは、彼がソロコンを通して得た確かな手応えのおかげかなと思います。彼が、自分の頭の中のイメージを形にし、それが一定の評価を得たことはやはり大きかったのではないでしょうか。

風磨くんが作るコンサートはストーリーがはっきりしていてわかりやすいコンサートだと思っています。かっこいい部分、面白い部分、可愛い部分、全部詰め込まれているけれど、終わった時にすべてがいい意味で予定調和だったなと思える。エンディングに向かって収束していくいいコンサートを作っているなぁと思います。

構成や演出全てに5人それぞれの年月を感じられるとても素敵なコンサートで、それだけでもすごく見応えがあり、楽しいと心から思えるものでした。

 

そんなコンサートの中で、やはり一番印象に残っているのはWith youからアンコールのSexyZoneまで。

正直、泣かせにきたなと思ったけれど、泣かずにはいられなかったです。そして、周りからこんなにすすり泣きが聞こえたコンサートも初めてでした。

With youを当時の振り付けのままでパフォーマンスすると、振りが少ないせいかすごく間延びして感じて、そこに5年という年月とその間の彼らの成長を色濃く感じました。

そして、改めて聴くと、With youの歌詞とSTAGEの歌詞ってなんとなく通づるところがあるんですよね。未来に向かっていく力強さや、絶対に離さないという決意だったり。

それを5年の時を経た今歌うからこそ、説得力が増していると思います。

そこから続く5人ひとりひとりからの挨拶はすごく素敵で、彼らの5年間が詰まっていたように感じられました。

オーラスの挨拶で私が好きだったところ(ニュアンス)を、ここに少し残しておきたいと思います。

 

笑顔でいられるのはすごく素敵なこと。僕らの元気の源(聡ちゃん)

みんなをずっと幸せにしたい。みんなを笑顔にしたい(マリ)

みんなはよく「可哀想」って同情してくれるけど、俺らはそんな気はない(風磨)

厳しい現実が夢を壊すことがあるのなら、今度は夢で現実を壊してもいい(健人)

日本に来て右も左もわからないときに成長させてくれたのはこの4人(マリ)

自分が思うくらいだから、本当にすごい5人だと自信を持って言えます(勝利)

あんまり言いたくないけど、俺結構Sexy Zone好きなんだよね(風磨)

いまこうして俺らは一つになっています(健人)

10周年、20周年、何十周年先までみんなを幸せにしていくという自信があります(勝利)

約束します。ここだけではなく色んな景色を見せます(聡ちゃん)

 

私は、健人がメンバーそれぞれについて話しているあたりから泣き始めて、風磨くんがSexy Zoneが好きだと言った瞬間に泣き崩れそうになりました。

泣くとは思っていたけど、こんなに泣けるとは思っていませんでした。

そんな感動的な挨拶から歌うSTAGE。今の彼らの歌。

どの部分を切り取ってもすごく素敵な歌だけれど、私は毎回「最低、最低…」のところでぼろぼろ泣いていました。

悲しい思いをさせてしまった、つらい思いをさせてしまった、と口々に言うし、それは事実ではあるものの、彼らだってつらい思いをしたんだという当たり前のことに気づかされて、なんだか情けなくなりました。

離れようと思えば離れることが出来る、見ないでおこうと思えば見ずにいられるけれど(逆に好きだからこそそれが出来ないから辛いというのももちろんあるけれど……)、彼らはどんな状況でもSexy Zoneで在り続けなければならない。人前に立つ時は笑ってなきゃいけない。それって、結構キツイことだったのではないかなぁと思います。

5年前、大人たちに決められてただ回り続ける地球の上でがむしゃらにもがきながら自分たちの道を探していた彼らが、今度は自分たちの手で地球を回そうとしている。決められたやり方ではなくて、自分たちの力で未来を創ろうとしている。レールのない未知の世界へと足を踏み出そうとしている。

STAGEは、ファンへのラブソングであり、今は道が分かれてしまった人々への感謝の歌であり、彼ら自身の強い決意を表した歌でもあるように思います。

オーラスのSTAGEの曲中で、これまで涙を見せることがなかったマリと聡ちゃんが見せた涙には、この5年間の色々な感情が詰まっていたんじゃないかなぁと思います。

強くて頑張り屋さんな二人の涙を見て、二人がその肩に背負っていたものが少しは軽くなったかもしれないと、私は少し安心しました。

この歌を力強く安らかな気持ちで歌い、聴きながら、本編最後を迎えられるって本当に幸せなことだなと思います。

そんな感動も冷めやらぬままアンコール。SexyZoneのイントロが流れます。

当時のままの衣装、演出。それぞれの手に携えた5本の薔薇。オーラスでは客席いっぱいに咲く2万弱の薔薇。すごく綺麗で感動的でした。

デビュー曲ってやっぱり特別ですし、SexyZone自体がとてもドラマチックな曲だから、あの頃感じた高揚を体が思い出しました。

そんな曲なのに、5人そろった形で聴けないときもあって、それがすごく悲しかったことも思い出しました。

思い出すことはたくさんあったけれど、目の前にあるのは、あの頃と同じだけど全く違う、今の5人のSexyZoneでした。

 

私はやっぱりコンサートが好きです。

コンサートの空気がすごく好きです。

いいパフォーマンスを見せようと、みんなに夢のような時間を与えようと、一生懸命になっているステージの空気も、与えられるだけじゃなく伝えようと一生懸命になっている客席の空気も、それを支えているたくさんの人の気配も。すべてがすごく愛おしいと思います。

たぶん、2017.5.7のSexy Tour2017 STAGEが今までの私の人生の中で一番いいコンサートです。

色々な偶然や必然が重なったからこそ、こんなに心に響いて結果的に今まで一番いいコンサートだと感じたんだと思います。

だけど、これ以上のコンサートはないだろうなとは思えなくて、私が応援している人たちがこのコンサートを超えるコンサートを見せてくれる日が楽しみで仕方ない、そういう希望に満ちた気持ちにもなれるコンサートでした。

そういえば、コンサートの終わりはいつも寂しいけれど、今回は何故かあまり寂しくなかったんです。

それは、これからも彼ら5人のSTAGEはずっと続いていくんだなぁと思えたからかもしれません。

 

さて、最後に風磨くんの話をします。

風磨くんは、私にとって週刊少年ジャンプの主人公みたいな人です。「友情」「努力」「勝利」を地で行く、生まれついての正義の味方みたいな人。

私が、3人時代一番しんどいなぁと思っていたのは、本人たちがどういう気持ちでその時を過ごしているのかわからなかったからでした。

私は、風磨くんが好きだからどうしても3人側の目線で見てしまいます。3人側の目線で見た時、彼らは何を思って今活動しているんだろう、今の状況をどう受け止めているんだろうと考えることが何度もありました。時にはよくない考えが浮かんで不安が大きくなったし、勝手に不満を感じていた部分もあります。

信じなきゃという思いと信じられなくなりそうな不安の間で、信じることが義務になって、少し疲れてしまっていたんだと思います。

そんな時、風磨くんは折に触れて5人を感じさせてくれました。それが、私にとっては救いだったし、そんなところがすごく好きでした。

案外器用でうまく生きることも出来る人だとは思うけれど、そのうまく生きることだけを良しとしない姿勢がすごくかっこよかった。

今回の挨拶を聞いて、改めて風磨くんってかっこいいなと思ったし、好きだなと思いました。

みんなが抽象的な言葉でぼやかして語る中で、言葉を選ばずに切り込んで、自分の思っていることをはっきりと伝えてくれる風磨くんは、一方から見たら配慮が足りないかもしれないけれど、一方から見たら誤魔化さないまっすぐな人。そのまっすぐさがすごくかっこよかった。

どんなことにも意味がある、山あり谷ありの方がいい、自分たちは可哀想じゃなかった、という風磨くんの言葉に私は概ね賛同できます。

それは、私自身の気質もあるだろうし、3人の側に担当が居たからというのもあると思います。

風磨くんの考え方が全てではないとは思います。けれど、彼はそういう風に思いながら今までやってきたんだなぁ、可哀想じゃないと思うことが彼を強くさせたのかなぁ、と思うと、なんだか涙が止まりませんでした。

本人も言っているけれど、色々なことがなければ、風磨くんのグループへの愛情はここまで大きくならなかったんじゃないかな。あるいは大きくなったとしても、もう少し時間がかかったんじゃないかな。そう思います。

風磨くんは、根っからの長男気質で、仲間思いで一度懐に入れたら守り続けるという思いが強い人だなと思います。そんな人だからこそ、悲しくて厳しい現実に直面した時に、自分がSexy Zoneを守らなければと強く思うようになったのではないでしょうか。

正直に話すと、デビューから2、3年は風磨くんを見ながら、つまんないんだろうな、不満なんだろうな、と何度も感じたことがありました。

Sexy Zoneよりも仲の良いJr.時代の仲間たちと一緒にやりたかったんだろうなと思うこともありました。彼の中で燻っている自分が置かれた状況や周囲への不満が抑えきれずに外に出てしまっているんだろうなと思うこともありました。自分より年上で気安くてぶつけやすいからこそ、割とあからさまに健人くんに対して不満をぶつけているように見えることもありました。

全ては私の主観なのに、その度にいい加減にしなよと憤り、すこし悲しい思いになって、見えない敵と戦っているような気持ちになったことがあります。とても疲れる時期でした。

でもね、今は、今後そんな思いをすることはないのかもなぁと思っています。

この5年で、本当に大人になったね。

あと個人的にとても嬉しかったのは、最後の最後までなかなかうまく噛み合わないなぁと思っていた健人くんとの関係が変わったことです。

ファーストコンで欲望のレインを見て、シンメっていいものだなぁと思いました。正反対の個性を持っているからこそ、二人であることがその個性を際立たせているし、そんな風に個として完成されていても、二人が並ぶと足りないものを補い合うようにぴったりとはまっている。

そんなふまけんに魅力を感じたからこそ、風磨くんが早く大人になってくれたらなぁと思いながら私は二人を眺めていました。

健人はずっと風磨くんの中のやりきれない思いに気付いていて、それにそっと寄り添ってくれていたんだと思います。

ハリネズミみたいに体を包んでいた棘が健人くんを遠ざけていたのかなぁと思うけど、それが取り去られた今はその頃より近い距離に二人はいると思っています。

“風磨くんが今置かれている状況を愛せるようになって欲しい。”

私が抱いていたその想いは5年の時を経て、初夏の高くて青い空に吸い上げられていきました。

自分より悲しんだ人たちの気持ちを無視はできないし、これでよかったなんて言うつもりはないけれど、菊池風磨を好きな私は、この5年間には絶対に意味があったと思えます。

変わった部分と変わらない部分、大人にはなったけれど、大人になりきらない。そんな風磨くんが好きです。

今はもう研いだ爪を隠すことが出来るだろうけれど、理不尽なことや信念に反することには牙を剥き続けてほしい。そのギラギラした美しさを持ち続けてほしい。

翔さんのリリックではないですが、そんな風に思います。

 

思い返してみると、Sexy Zoneのツアーで生で見ていないのは2012年のアリーナツアーだけでした。

たまアリの夏コンは、私生活が一番辛い時期で、その時ばかりはもう疲れたなぁと思ったけれど、それ以外で不安にはなれど絶望したことって意外となかったかもしれません。

辛くても悲しくても、なんだかよくわかんないし根拠はないけどきっと大丈夫という気持ちでいられた気がします。

それはどんな時でも、彼らが一生懸命だったからかもしれません。

このツアーが終わってしまった今、残されたのは確かな手応えと大きな希望でした。

出来ればこれからも、彼らの夢と成長を見届けられたらいいなと思います。

 

***

 

おまけ感覚でコンサートで好きだったところをセトリとともに列挙します。

ただの忘れないためのメモ書きです。

(ふまけんソロに対して笑い過ぎているので先に謝ります。ごめんなさい。)

 

🌹OP〜ROCK THA TOWN

🌹Celebration!

🌹High!! High!! People

Aメロの健人パートで聡マリに両側から挟まれてほっぺチューされるの可愛すぎ。中島、お父さんみ半端ない。

🌹Miss Mysterious

少クラ見てなかったから、久々にふまけんの背中合わせにぎゃってなった。

ふまけんが脱ぎたがるのがウケる。

🌹マリウストーク〜Why?

マリウスのシェイクスピア感ハンパない。そして、マリウスは魔法使いであった。

🌹過去のソロ曲映像〜Teleportation

懐かしすぎて死んだ。エモすぎる。テレポのイントロでまた死んだ。しかも、5人だったからもう生きられない。

先述の通り、ソロ曲をみんなでやる(ないしはセルフバック)というジャニオタ好みのツボを的確に押さえすぎ。

なお、歌割りも完璧な模様。

あと、健人くん赤が似合いすぎて、生きるのつらい。

🌹King & Queen & Joker

オルゴールアレンジのSilver Moonの肩透かしがひどかった。レーザーを使ったマリオネットみたいなダンスがすごくきれい。そこからオルゴールアレンジのKQJイントロ。おもちゃ箱みたいで幻想的な演出だった。

🌹ダンケ・シェーン

オーラスで泣いた。割といつも泣きそうになるんだけど、Cメロの歌詞がとんでもなくハピネスでピースフル。

マリがいつも言ってることをそのまま歌詞にしたみたいで、むしろこっちがありがとうしかないと思う。

今この場所で歌ってくれてありがとう。日本に来てくれてありがとう。

🌹よびすて

🌹Lady ダイヤモンド

🌹キャラメルドリーム

snow風演出が可愛すぎ。こういうの思いつくのは若さゆえだなぁと思う。何がかわいいって自分で顔を合わせにいってるところがかわいい。風磨くんは割といつもあってない。

目の前のたった一人に〜のところで、健人に指さされて、わぁ♡ってなってる風磨くんのブリブリさにイラッとしつつもご褒美すぎてつらい。

聡ちゃんのDa Ba DAが面白すぎ。勝利と聡ちゃんがちょけてるのも、健人に果敢に向かっていく聡ちゃんもかわいい。産んだ。

🌹ぶつかっちゃうよ / Hey you!

こういう時に全力になるのは健人のお家芸だったのに、聡ちゃんが華麗に奪取していった。

Hey you!ツムツムは至高。天才かよ

🌹MC

Sexy ZoneのMC本当に面白くなったね!

昔と流れはあまり変わってないんだけど、風磨くんの好きな子いじめちゃう感はだいぶ緩和されたし、みんなが話せるように話を振るようにしているんだろうなって思うし、ハラハラすることが少なくなってほんとよかった!勝利が良心でいてくれてよかった!聡ちゃんとマリウスがいじられキャラでよかった!健人は健人のままだけど、張り切りすぎなくなってよかった!

🌹君だけFOREVER

🌹Sweety Girl

着ぐるみ聡マリの身長差がすごい。\ほとんどだけどー!/

風磨くんは兎の首を獲った風のポーズほんとやめてください。笑いすぎて死ぬ。5/4夜かな?サザエさんの真似をして、健人くんに足蹴にされる風磨くんにとてつもなく興奮しました。性癖です。

🌹私のオキテ

マリウスの着替えエロい。

とにかく脚が綺麗すぎて顔を見るのを忘れて脚をガン見した。結果脚の記憶しかない。

🌹It's Going Down!

風磨くんのソロでは一番好きだから、ここで聴けてよかった。

レーザーを駆使した演出がかっこよすぎるし、歌割りがすごい。マリの声とこの曲が合いすぎ。無垢なのにエロティックで、神聖なのに魔性。

🌹24-7

🌹Break out my shell

聡ちゃんのことを聡ちゃんと呼ぶのが憚られる。松島さん。

🌹Slow Jam

心地いいR&B。ステージぼんやり見ながらゆらゆらしてた。酒が飲みたい。

🌹rouge

5年の年月は、この曲をここまで変えるんや。TDCで聴いたrougeとは全く別の曲。

自担のソロで笑ってはいけない数分間を過ごす私の気持ちになってください!好きだ!バカ!

🌹Hey!! Summer Honey

引き続き笑ってはいけない数分間の予定が堪えきれず笑ってしまう。ふまけん、相変わらずキャラ濃い。

このコンサートで一番元気が出る。蜜を吸われる準備をするブルーオーシャン(客席)日本語でお願いしていいですか?

見所は、自分でキラキラを振り撒く中島。

🌹Stand up! Speak out!

🌹勝利の日まで

🌹Sexy Summerに雪が降る

未だに、夏なの冬なの、発売は秋だけどね、というこの曲の謎は深まる。こんなトンチキソングなのにコンサートでは欠かせない曲になりました。

最弱王風磨くんがじゃんけんに勝ってソロを歌った。(5/7)

🌹With you

🌹STAGE

いい曲だなぁ(落涙)

聡マリが泣いてしまった後、風磨くんに連れられた5人が一箇所に集まって肩を寄せ合って歌う姿は永遠に心のフィルムに焼き付けておきたい瞬間。

涙で前が見えなかったから、出来れば映像に残して欲しいんだけどなぁ。

〜EC〜

🌹Sexy Zone

胸が熱い(落涙)ここから始まった。

オーラスの薔薇のサプライズを見た勝利の顔がすごくよかったー!泣きそうになりながら歌ってるのよかったー!なんて愛おしいの!

🌹カラフルEyes

🌹Make my day

🌹Congratulations

上手に歌うと風磨くんが上から目線で褒めてくれる曲。私が猫だったら、ヘソ天でゴロゴロ喉を鳴らしている。

最初は、トニトニで3人で歌っていたこの曲が紆余曲折を経て5人の曲になった時は泣いた。今ではとてもいい曲。

〜WE〜

🌹Silver Moon

歌う曲ねーんだけど!みんな歌えるんだったらもう一曲やるよ!と煽りまくったおかげで、ほぼフルコーラス驚きの大合唱だった。なかなかない光景で感動した。

ステージセットにタイトルがあるのに歌ってくれなくてやきもきしていたので、イントロが流れて、タイトルが光った瞬間夢かと思った。華麗なるフラグ回収。私が一番好きで一番聴きたかった曲。(たぶん聴きたかった人は多そう)

みんなが待ってる曲を、満を辞して披露するSexy Zone出来る子すぎる。

彼が守ろうとしたものは〜Defiled観劇覚書2〜

Defiled、2回目の観劇を終えました。

初見に比べて、冷静な気持ちで観れたので、ハリーという人間について、彼が起こした行動の根底にある部分は一体なんだったのか、それについて少し考察をしてみようと思います。

いつも通り、主観ばかりで申し訳ない考察です。

頭固いなぁ〜思い込み激しいなぁ〜と思いながら、書いています。

そういう捉え方もあるのね、と思っていただければ幸いです。

 

***

 

考えれば考えるほど、戸塚くんが、ハリーの気持ちがわからないと言ったこと、すごく納得できるなぁと思いました。

何故ならば、ハリーの根底にあるのは、飢餓だと思うから。物質的な意味ではなく、愛情への飢餓。

 

 ハンカチをお忘れではありませんか?〜Defiled観劇覚書〜 - I like what I like

初見後、ハリーは『親に捨てられそうな子供』に見えると書きましたが、それはこの愛情への飢餓から引き出された表情なのではないでしょうか。

親や家族から愛情を十分に注がれなかったことが、彼の未成熟な人格を作り出したのではないかな、なんて思いました。

自尊心が低いからこそ、人より優位に立ちたくて、そのために理論武装して、相手の言葉尻を捉えて徹底的に論破しようとする。

都合が悪くなると癇癪を起こして、相手を威嚇して、自分の主張を通そうとする。

ハリーは、とにかく子ども。しかも、反抗期の子どものよう。

十分に愛情を注がれた子供はあるがままの自分を受け入れられるけれど、そうでないと理想の自分を守ろうと必死に努力して、時には邪魔なものを排除してまで無理を通そうとする。

私の目には、ハリーは必死に自分を守ろうともがいているように見えました。

 

劇中で、ハリーが守りたかったのは、本当に図書館という神聖な場所だったのか、とふと思いました。

きっと、それだけではないと思います。

もちろん、彼にとって図書館は神聖な場所だったことには変わりないでしょう。

いうなれば、キリスト教にとっての教会であり、イスラム教徒にとってのモスクであり、ユダヤ教徒にとってのシナゴーグだったのかもしれません。

普段は礼拝堂には行かないと言った彼は、毎日図書館で祈りを捧げていたのかもしれません。彼のことを絶対に裏切らない家族でもあり、友人でもあり、恋人である『本』という存在に。

これはあくまで個人的な考えですが、本を読むのは、救いを求めることに似ていると思います。空想の世界を楽しむため、世界の理を知るため、自分の感情に名前をつけるため。そうすることで、持て余している何かをどうにかできるかもしれないから。

きっと、ハリーはたくさん本に救われたんだと思います。知りたいことを教えてくれる。道を示してくれる。そして、彼のことを傷付けず、いつも味方でいてくれる。それは彼にとって、神に等しい存在だったのかもしれません。

そういう意味では、本の住む場所である図書館は教会よりもっと高次の神殿のような場所だったのかもしれないと思います。

そこに置かれている目録カードは、彼にとって神の姿を探す手掛かりになる地図のようなものであり、神を守る者(司書)たちが刻んできた聖なる場所の歴史であったのではないでしょうか。だからこそ、ハリーはそれを守りたかった。

そんな神聖な場所(図書館)・もの(目録カード)、そして神そのもの(本)を守りたいという気持ちは嘘ではなかったと思います。だって、彼にはそれが全てだったから。

一方で、そんな神聖な場所に居る自分を神聖な者、言うなれば、神に選ばれた者として捉えていた側面もあるんじゃないかなと思います。

ハリーの主張を聞いていると、最初は「神聖な場所を守る」ことが目的だったのに途中から「神聖な場所を守るための聖戦をやり遂げる」ことが目的になっているように感じました。

前者はあくまで守ることが目的でそのための手段は多岐に渡っているはずだけど、後者は自分の手で守らなければならなくて、しかも、戦うことに意味を見出してしまっている。

目的のために戦う自分で在ることを守りたい、という感覚に近いのかなと思います。

冒頭の爆弾を書架に置くシーンで、目録カードが入っているチェストの上に足を掛けるとき、ハリーは靴を脱ぎました。やっぱり大事なものを土足では踏み躪ることが出来なかったのかもしれないなと思います。

でも、中盤でそのチェストの上に、靴を履いたまま上がったのが、なんだか腑に落ちなくて、その時にはもう目的が摩り替わっていたのかなぁと思いました。

彼が守りたかったものは、自分という一人の人間の尊厳だったのかもしれません。

 

ハリーがすごく身勝手な人間のように表現してしまったけれど、きっと本質的にはそうではなくて、彼にとっての譲れないものがそこにあったから、こういう行動を取ってしまったのかなと思っています。

それを考えるとき、

ハリーがなぜそこまでレガシーなものに執着するのか、

なぜそこまでテクノロジーを敵視するのか、

この二つが大きな鍵になっているのかなと思います。

 

私が考えたのは、レガシーなものは母の象徴であり、テクノロジーは父の象徴ではないかということ。

劇中で、ディッキーに対して小さい頃に本を読んでもらわなかったのか、という問い掛けをする場面があって、それを不幸なことのように捉えていたのは、ハリーにとっては、幼い頃本を読み聞かせてもらったことが幸福の象徴になっていたのではないかと思います。おそらく母親からもらった大切な思い出だったのではないでしょうか。

ハリーは、母というか母性に対して過剰なまでの執着を見せているように思います。彼が祈るのは母の命日だけということや、女性に対する過度な期待も。

きっと、ハリーにとって、お母さんの存在はとても大きくて大切なもの。

そのお母さんが読んでくれた本や、母が好きだった教会を大事に思うのは何も不自然なことではなくて、当たり前のこと。

作中では描かれていないから想像にしか過ぎないけれど、ハリーの中のレガシーなもの、たとえば紙の本であったり、整備されていない街の景色であったり、市場やカフェで感じる人の温もりであったり、それらに付随する思い出であったり、それを愛する気持ちの根底はお母さんの生き方を愛する気持ちなのではないかなぁと思います。

打って変わって、父に対しては反抗心や憎しみの描写が見受けられます。

彼が語る父との思い出は、合理的でないから、彼の望むコリーは買ってくれず、小さな犬を買ったという思い出。そして、それに反抗するように今コリーを飼っている。

お父さんがいつ亡くなったのかはわからないけれど、ハリーは彼とは和解することが出来ないままだったんだろうと思います。

現実にも、思い出の中ででも、ハリーはお父さんと和解することが出来ないまま大人になったのではないでしょうか。

だからこそ、合理的なことに対して徹底して反抗している。

だから、単純に目録カードがなくなることだけではなく、レガシーなもの(目録カード)が、テクノロジー(コンピューター)に淘汰されるということが許し難かった部分が少なからずあるのではないかと思いました。

目録カードに代わるものがもう少しローテクノロジーなものであれば、ハリーの反感はもう少し和らいだかもしれません。

彼の中にあるレガシーなものへの愛情を守るために、テクノロジーへの憎しみがより深くなっていく。ある意味で、母への愛と父への憎しみの代理戦争のよう。

だからこそ、彼はその聖戦に勝たなければならないと思ったのではないでしょうか。

目録カードを、図書館を、本を、ハリーの色々な意味での愛の証明として守りたかったのかもしれないなと思います。

 

もし、ハリーのご両親がもっと長く生きていたら、彼は父との思い出を意味があるものに出来たかもしれません。

あるいは、思い出はつらい思い出のままでも、お父さんと和解できていたら、合理的なものに対してもう少し寛容になれたかもしれません。

変わっていくことをもう少し受け容れられたかもしれません。

彼の愛情に対する飢えが少しは満たされたかもしれません。

そんな風に思います。

不幸な巡り合わせだと思います。

遣る瀬無いと思います。

どんなに上手く噛み砕こうとしても、やっぱり私には上手く噛み砕けません。

だからこそ、涙を流しながら、胸が張り裂けそうな思いになりながら、この作品のことをずっと忘れないでいようと思います。

ハンカチをお忘れではありませんか?〜Defiled観劇覚書〜

Defiled初見を終えたので、今思ったことを覚書として残しておきたいと思います。

もうね、めっちゃつらい。つらくてつらくて、終わった後にどうしようもない喪失感に襲われて、席を立って帰り支度をしながら、心が体を離れてどこかにいってしまったような気持ちになりました。

お話の内容について多分に触れているので、まだ見られていない方でネタバレを見たくない方は読まれないことをオススメします。

とはいっても、メモなしで一回見ただけなので、記憶違いももちろんありそうです。なので、ネタバレ見たい方にもオススメしません。

なんとなく全体通してそういう感じだった、というぼんやりした感じ。

とにかく自分が書かないと死にそうなほど落ち込んだから、なんとか文字にして昇華したくて、この記事を認めています。

 

***

 

涙腺が緩みすぎていると度々言われる私ですが、今回も案の定涙腺は緩みすぎていました。

開始1分で号泣。最短記録かもしれません。

オープニング、薄暗い図書館の中に一人きりで、黙々と書架に爆弾を置いていくハリーの背中を見た瞬間に涙が溢れてきて止まらなくて、自分でもびっくりしてオロオロしました。

あらすじでハリーの人物像を少し知っていたからこその涙だと思うんです。彼にとって神聖であった図書館を爆破しなければならないと思うほど彼を追い詰めたのは何だったのか、ここに至るまでどんな感情の変遷があったのか。そういうことを考えてると涙腺が壊れてぼたぼた涙が落ちてきました。

いいシーンだったんですよ。一時間四十分の中で、このたった数分のシーンが一、二を争うぐらい印象に残っています。

舞台上に現れたハリーを見た瞬間に、きっとこの人はとても強い意思を持った人間なんだろうなぁって思ったんです。戸塚くんすごい。瞳に宿る強い光や佇まいが、すごく良かったんです。決意を感じさせるというか、とにかくグッとくるものがあったんです。

(そもそも目録カードを存続させるためだけに図書館を爆破しようと思って、思うだけじゃなくそれを実行しようとすること自体が彼の意思の強さの表れではありますが。)

そして、オープニングの数分間、薄暗い静かな空間で爆弾を並べていく彼の様子が、神様に祈っているように感じられたのも心を揺さぶられた理由だと思います。

丁寧に、慎重に、書架にひとつひとつ爆弾を置く様子は、手順を踏んで、願いが叶うように、苦しみが取り除かれるように、人々が神様に祈るよう。その仕草は神聖に感じられるのに、その神聖さと行使しようとしている暴力とのギャップが少し怖くて、なんとも言えない恐怖感がふつふつと湧いてきて。

これは、やばい舞台を観に来てしまった……と怯えました。

 

もちろん、私がそんな怯えを抱いていることは関係なくお話は進んでいきます。

ディッキーが交渉のために図書館に入ってきて色々話をしていく中で、最初はとにかく頑なだったハリーの様子が徐々に変わっていく。なんだか子供みたいな表情や様子になっていく。無邪気だとかそういう陽の意味ではなくて、迷子の子供のような。

戸塚くんのこの辺りの表現は、とても自然で、上手で、更に彼の神様に愛された容姿がとにかくフル活用されてて、とにかく放っておけない気持ちになりました。

ディッキーと話していくうちに、彼の心の表層の固くゆるぎない部分にひびが入ってその中のやわい部分が見え隠れするようになるんです。

ディッキーに勧められたコーヒーを飲んだり、爆弾の起爆装置をしまって欲しいという要求に応えたり、徐々にディッキーに歩み寄っていくのがすごく自然に描かれていて、とても興味深かったです。

個人的には、本人が認識してるかどうかには関わらず、やっぱりハリーは寂しかったんだろうし、誰かに助けてもらいたかったんだろうなぁって思います。孤独だったんだろうなって。

きっと長い間、そばにいてくれる家族も、信頼できる友人も、味方でいてくれる恋人もいなくて、光も音も温度もない自分だけの世界で生きていて、その孤独な人生の中に存在していた唯一の宝物が、本と図書館だった。だからこそ、図書館を理想の形にしておくために目録カードにそこまで執着したんじゃないかなと思います。

でも、彼がしたことが正しいとは思えないです。自分の気持ちを伝えるためにはもっと言葉も時間も心も尽くす必要があるし、相手の立場を理解する必要もある。それを彼が行なったとは思えない。(きっと、目録カードのこと以外でも)そんな怠惰さと傲慢さが許せないとは思うけど、彼だけを責めることは出来ない。

彼の生き方はすごく不器用だと思います。生きるためには、世界が自分の思い通りにならないことを知らなきゃいけないし、一時的にでも諦めることをしなきゃいけない。そんな不器用さが悲しいと思うけれど、それが悪だと思うことは出来ない。

そんなことを考えてたら、頭の中ぐるぐるぐるぐるしてきて、あーもー疲れたぁって思いながら、ハリーとディッキーの言い争い(というかハリーが一方的に反抗してる)を見ていると、本当にハリーのめんどくささにイライラしてきて。

勘弁してよと思いながらも、そのシーンにやたらと既視感を感じて、ハッと気付いたんです。

あれ、これ、中高生の頃の私では……?

ハリーの様子が、反抗期に母親と大喧嘩してる自分みたいでとても怖かった。自分が自分の(誰かの)理想の姿で在れないならもう死んだ方がマシ、とかそういう風に考えていた頃の自分を見ているようで怖かった。

母親とは、もういい、あんたには何にもわかんない!あんたが死なないなら私が死ぬ!ダッ(家を飛び出して捜索される)みたいな喧嘩をたくさんしました。あの頃はすごくパワーが有り余ってたんだと思います。内向きに向かっていた力を私の体では受け止め切れなくて、溢れ出たそれは外に向いてしまった。それを表現する術がなくて、言葉という一番鋭利な刃物を手にしてしまった。

でも、当時の私はそんなことを言いながらも、心の中では、もう自分ではどうしようもないから、誰か助けて!と必死に叫んでいたし、それでも見捨てられないことへの甘えと、見捨てないでほしいという切実な願いがあったから、ハリーにもそういう部分があるんじゃないかと思えてしまった。

だから、どうか誰か彼を助けて欲しい、と今度はこちらがお祈りモードに。

ディッキーが図書館から出て行こうとした時のハリーの動揺や、彼が本当に出て行ってしまった後、外してあった受話器を元に戻した行動は、親に捨てられそうな子供のようで、正直見ていられなかったです。

あーもう!早く戻ってきてよ!そして今すぐ、彼を抱き締めてあげてよ!

そう思うとまた涙がぼたぼた落ちて、若干嗚咽が溢れました。

 

劇中で、ディッキーが難しい交渉と簡単な交渉の話をするんです。

その基準は、時間がかかるかどうかではなくて、簡単なのは、相手が投降したがっている場合、難しいのは、相手がまっとうな理論が通じる相手じゃない場合、という話。(難しい時の表現は別の言葉だったのだけど、使うことが憚られる言葉なので置き換えました。)

ハリーとの交渉について、ディッキーは簡単だとは思っていないけど、難しくはないと感じているようでしたが、私もかなり終盤までは同感だったんです。

投降したいわけではないけれど、話をしてお互いに折り合いがつくところが見つかれば、もしくは、ハリーが諦めれば、きっとなんとかなるよね、とすごく楽観的に考えてました。

私がハッピーエンド至上主義というか、みんなが幸せになれる世界が好きだから、出来ればそうなって欲しいという希望もあって。

なので、ディッキーがした提案にハリーが頷いて、握手をして、抱き合った時、心底ホッとしました。これで穏やかな気持ちで帰れると安心したんです。

安心したんです。

それなのに、それなのに……ハリーが図書館へ新刊カードに拘って戻った瞬間、その行動の意味がわからなくて混乱はするし、それによって引き起こされる結末はとても悲しくてなんでなんだろうと遣る瀬無い気持ちでいっぱいになるし、結局、私の頭の中って、お花畑なんだなぁとショックを受けるし、とにかくびっくりして、悲しくて、つらくて。

一番しっくりくる言葉は『虚しかった』。

ハリーの気持ちがわかるとは言わないけど、なんとなく想像はついて、でも、ディッキーの言い分もよくわかる。だから、すごく遣る瀬無いよね。

もういいじゃん、新刊の目録カードなんて諦めなよ、きっとそれよりもっと大事なものってあるよ、という常識的な部分と、いや自分にはこれしかないから、普通の、日常の生活なんていらない、思い通りにならないなら死んだ方がマシという偏った部分。

どちらも想像出来るから、どちらにとっても救われない結果になったのはすごくつらかったんです。

もし、あの場面で誰かがハリーを撃たずに、もう一回交渉をしていたなら、もしかしたら結果は変わったかもしれないけれど、あの場面で彼を撃った誰かの行動も理解出来る。

全体的に、どれも頭ではわかるけど、気持ちがついてこなくて、だから、終わった後、放心状態になってしまって、ハリーの最期の辛そうな演技を見ていてじゃんじゃん流れてた涙がすんと引っ込んでしまいました。

 

一日、色々整理して思ったのは、

主張も信念も素晴らしくて間違ってなかったとしても、そのやり方を間違えれば悲しい結果になるんだなぁってこと。

ありきたりな表現ではあるけど、暴力は暴力しか生まない。一度拳を振り上げてしまうと、同じように相手も拳を振り上げるしかなくなっちゃう。

小学生ぐらいの頃に、ニュースを見ながら、ふと思った疑問を父親に投げ掛けたことがありました。

殺人を犯した人にもそうしなきゃならない理由があったんじゃないの?

そんな私の純粋な疑問に、父は答えたんです。

そうでない場合も、そうである場合もあるけれど、理由があるかどうかが問題じゃない。理由があったとしても、それが誰かを傷付けていい理由にはならない、って。

そりゃそうだ。

ハリーは誰かを殺したかったわけではないけれど、彼が訴えようとしたのはまぎれもない暴力で、理由があっても暴力を振るっていいわけじゃない。

だから、それは彼が間違っている。

けれど、その彼の理由を無視してしまうのはやっぱり横暴に感じちゃう。理由も聞かずに捩じ伏せるなんて、救われないと感じてしまう。

そういう意味では、ハリーはほんの少しだけ救われた部分もあるのではないかと思います。人生の最後に、理解は出来なくても彼の気持ちをなんとか理解しようと歩み寄ってくれて、一緒に問題を解決しようとしてくれたディッキーに出会えたことは幸せだったのかもしれないと思います。

でも、やっぱり辛いけどね。

またあまちゃんなことを言うけれど、ハリーがもっと早くにディッキーのような人と出会っていたら、彼の人生はまた少し違っていたのかもしれないなぁと思うから、やっぱり辛いです。

 

最近、とてもタイムリーに誰かに対して「理解できないなぁ」とか「面倒だなぁ」と思った時ほどきちんと向き合わなきゃいけないなぁ、と思うようになっていたんです。

私にとって取るに足らないことでも、その人にとってはすごく大事なことで、どうしてもクリアにしておきたい問題だからこそ、声を上げているのだとすると、それを邪険に扱われたらその人はすごく悲しい思いをするんじゃないかなと思ったから。

それを知人に話した時に、「志は素晴らしいけど、心を尽くしても伝わらない相手もいるよ」と言われて、正直ショックを受けました。でも、そんなことないよね、意味のあることだよねって思うことで自分を奮い立たせようとしていたんです。

でもね、この舞台を見て、話のレベルは全然違うかもしれないけど、あぁ、伝わらないこともあるんだな、って痛感しました。それならどうしたらいいのかなぁ、って少し悩んでしまいました。

悩んだけど、もしも伝わらなかったとしても、私はきちんと向き合いたいなぁって、誰かの理由に寄り添っていきたいなぁってそういう風に思いました。

私は、わかってもらえないことも、一人になることも、やっぱり少し寂しいから。

 

本当にすごくすごく考えさせられる舞台。

今回は目録カードが神聖なものとして扱われていて、やり方は誰も巻き込まずにただ図書館を爆破するというやり方だったけど、もっともっと色んなかたちで同じようなことが世界中で起こっているんじゃないでしょうか。

大事なものって人によって違う。だからこそ、大事なものを守ろうと今日も誰かが必死になっているし、そのせいで悲しい思いをしている人もいる気がします。

もうほんと勘弁してほしい辛すぎるよ〜、と思いながら書いてたら涙と鼻水がぼたぼた落ちてきて、苦しいのなんのって。

だからこそ、思考停止せずに思ったことをこうして残しておきたいなと思いました。

今回は個人的な事情でとても偏った部分にしか触れられないまま五千文字を消費したのだけれど、他にも、アンチテクノロジーだとか紙の本の良さだとかいっぱい思うこともあったし、戸塚くんと勝村さんの演技や舞台の演出という観点でも、とても心を揺さぶられる舞台だったから、落ち着いたらもう一回感想を書けたらなぁと思っています。

 

総括すると、ハンカチは二枚持っていくべきだった。

人生は人を欺かない〜映画「黄色い涙」〜

どうしても好きな作品というものがある。

映画でも本でも音楽でも、いつでも心の隅っこに静かに在って、ある瞬間に突然思い出して触れたくなる作品。

私にとっての「黄色い涙」は正しくそんな作品だ。

黄色い涙 【初回限定版】 [DVD]

黄色い涙 【初回限定版】 [DVD]

 

 

初めて見たのは大学生の時。それから折に触れて何度か見返してる。

面白いわけではない。何も起こらないし、大団円なわけでもない。

それなのに、じんわりと染み込むように心の奥に入ってきて、自然とそこに住み着いてしまう。そんな不思議な力を持っている作品だと思っている。

 

あらすじについてはこちらを。

黄色い涙 | 映画-Movie Walker

 

 

この作品が描いているのは「人生」だ。

漫画家、歌手、小説家、画家。目指すものは違うけれど、それぞれの夢を追い掛ける四人が、自分の好きなことだけをする「自由」な夏を共に過ごす。夏が終わった後、結果的に好きなことを続けていたのは栄介一人だった。

栄介の姿勢は一貫している。大勢に流されず、自分の好きな漫画を描きたい、時代の流れに乗れなくても、自分が信じたものを描き続ける、そんな強い信念が感じられる。

ひと夏をかけて描き上げた原稿は、出版社では受け取ってもらえなかったけれど、汽車の中の子どもを笑顔にすることは出来る。

母の葬儀から戻って、かつての恋人であったかおるが自分の夫を担ぎ出してまで持ってきた連載の話を自分の信念にそぐわないから断ってしまう。

迷いながらも愚直なまでにその姿勢を貫いてゆく。

圭と竜三は、夏が終わると同時に夢を捨ててしまう。章一がどこで夢を捨てたのかははっきりと描かれてはいないけれど、おそらくラジオ放送で戻り雨を歌った後直ぐではないだろうか。

栄介への手紙の中で、圭はこう綴っている。

絵や小説のためだけには生きられない。

隣に人がいれば、その人の為に何かをやってしまう。

1人になると、すぐ誰かを探しに出歩いてしまう。

意志の弱い、平凡な人間達だった。

そういう普通の人間達だったという事です。

もしかしたら、栄介のアパートに三人が転がり込んできた時から、この結末は決まっていたのかもしれないなと思う。

好きなことだけを続けることは、時にとても孤独なことだ。誰からも理解されないことだってきっとたくさんある。その中で、好きだから、という強い意思の力でずっと続けていかなければならない。費やした時間と労力が報われなかった瞬間の挫折感は言い知れないものがある。それでも、立ち上がって続けていかなければならない。それしか自分にはないのだから。

それが、好きなことだけを続けるということではないだろうか。だからこそ、それはきっと、誰にでもできることではない。

三人は、この夏を通して自分がそれを出来る人間ではないと気付いていしまったのだろう。

三人の中で、きっと一番にそれに気付いていたのは竜三だったと思う。もしかすると、冒頭の栄介の母のために一芝居打つシーンより前に、竜三は自分が好きなことだけのためには生きていけないと気付いていたのではないかと思う。(栄介が竜三に声を掛けた時に、竜三は求人広告を見ていた。)

それでも、まだ燻る夢への思いがあったから、同じように夢を追い掛けている栄介の元へやってきたのだろう。

けれど、竜三は夏の間、小説を書かなかった。書けなかったという側面もあるだろうが、きっと、書かなかったのではないだろうか。作中でモンテルランの詩の一部を口にするシーンは、竜三の迷いの表れで、夢を捨てる自分の背中を押そうとしているようにも感じられる。

圭と章一も、竜三と同じように、自分一人では不安で、誰かのそばに居たくて、栄介を訪ねてきたのではないだろうか。

結局、三人は三人とも、夢のために孤独になることが出来ない平凡な人間だった。普通の人間だった。

そのことに、この夏を通してそれぞれの形で気付いてしまった。

栄介の元を去る三人からの別れの言葉として送られたモンテルランの詩はとても印象的だ。

人生を前にしてただ狼狽するだけの
無能な、そして哀れな青春だ
今、最初のシワが寄るころになって得られるのが
人生に対するこの信頼であり この同意であり
相棒、お前のことなら分かっているよ
という意味のこの微笑みだ
今にして人は知るのだ
人生は人を欺かないと
人生は一度も人を欺かなかったと

 

私は、努力や苦悩が必ず報われるとは思わない。報われないこともきっとたくさんある。(もしかすると、報われないことの方がたくさんあるかもしれない。)

けれど、それが無駄なことだとは思わない。目に見える、思い通りの結果に繋がらず、花を咲かせることはできないかもしれない。けれど、それは自分という土壌の中に蓄積されて肥料となり、咲かせたかった花とは別の花かもしれないけれど、必ず美しい花を咲かせることが出来る。

この夏、夢を諦めた三人は「挫折」したのではなく、「成長」したのだろう。

この夏の経験は、彼らの人生を豊かにすることに繋がっているのだと思う。

 

夏のはじめ、「自由」とは何か、と栄介が問いかけた。

圭は「好きなことを好きなようにやっていくこと」と答える。「自由」なひと夏の結果、三人は好きなものを手放すこととなった。では、彼らは「自由」ではなくなったのだろうか。

私は、そうは思わない。

私の考える「自由」は、自分で決めた道を歩むために、自分で考え行動し生きていけること。

彼らが選んだ道は、好きなことをする道ではなくなってしまったけれど、それでもやっぱり「自由」だと思う。だからこそ、SHIPでの同窓会で皆は笑っていたのではないだろうか。

彼らが「自由」である限り、きっと、人生は、彼らを欺くことはない。

 

ところで、四人に目が行きがちなこの映画で、意外といい味を出しているのが、祐二だと思う。

祐二は四人と違って堅実さを絵に描いたような青年。四人と交わりながらも、それに流されることなく、自分の道を歩み続ける。

東京オリンピックを目前にした浮き足立った世相を表すような四人との対比で、地に足のついた生き方をしている祐二が描かれていることで、最初から最後まで普通の人間として生きる選択肢を提示しているようにも感じられる。

 

人生って、とても恐ろしい。
道はいつも真っ暗な闇の中にあって、進んでいるのか、戻っているのかすらわからない。先の見えない不安に時々押し潰されそうになることもある。
でも、「黄色い涙」を見た後は、少しだけ気持ちが軽くなる。これでいいんだ、と思える。

楽をせずに、少しずつでも、たとえ進む方向が変わってしまったとしても、今思う進むべき道を進んでいけば、きっと、人生は私を裏切りはしない。きっと、今やっていること無駄ではない。

そんな風な気持ちにさせてくれる。

戸塚くん、30歳のお誕生日おめでとう

戸塚くんの30歳の記念に、7つ好きなところをあげた。

 

1.とびきりの笑顔~とつかしょうたのすきなところ~ - I like what I like 

2.つらぬき通す~とつかしょうたのすきなところ~ - I like what I like

3.かぞくを大事にする〜とつかしょうたのすきなところ〜 - I like what I like

4.しなやかなダンス〜とつかしょうたのすきなところ〜 - I like what I like

5.よわさとつよさ〜とつかしょうたのすきなところ〜 - I like what I like

6.うつくしさ〜とつかしょうたのすきなところ〜 - I like what I like

7.たましいを感じる演技〜とつかしょうたのすきなところ〜 - I like what I like

 

私はなんとなく、戸塚くんは毎日を丁寧に生きてそうだなぁ、と思ってる。それが、この7日間書いてきた好きの大部分の根底にあるような気がしてる。

ただ時間の流れに添って、そのまま流されて生きていくんじゃなくて、ちょっと立ち止まって、色々考えて、それをかたちにしている。そんな風に感じられる戸塚くんの言動がとても好き。

そういうのを、目にしたり、耳にしたりすると私の励みにもなる。頑張らなきゃなと思う。腐ってる場合じゃないと思う。

そんな戸塚くんに鼓舞される。

 

きっと、戸塚くんはこれからもっともっといい男になるだろう。

10年経った戸塚くんが、どんな価値観で生きているのか、どんなことを大切にしているのか。それがすごく知りたいと思う。

そして、それを知った時、自分を恥ずかしく思わないように、私も私の人生を頑張れればいいなと思ってる。

 

戸塚くん、30歳のお誕生日おめでとう。

たくさんあっただろう人生の岐路で、ここに続く道を選んでくれてありがとう。今、こうして、戸塚くんの誕生日を祝えることがすごく幸せです。

これからの未来、戸塚くんが思うように戸塚くんの人生を生きて欲しい。誰かが決めた成功も、自分が決めた成功も掴み取って欲しい。

そして、願わくは、それを私たちを見せて欲しい。

それが見たいから、私はずっと戸塚くんを応援していきたい。

7.たましいを感じる演技〜とつかしょうたのすきなところ〜

好きになった当初、戸塚くんの演技は全然好きじゃなかった。
それがどうして、段々好きになって、今は私が戸塚くんを好きな理由のひとつになっている。
好きになったのは、多分戸塚くんの演技に魂を感じたからだと思う。

 

Johnnys' Worldや単発ドラマやジャニーズ伝説初演、戸塚くんの演技を見たことはあったけど、印象としては「普通」。
その印象が覆ったのは、「出発」で、初めてきちんと戸塚くんの演技を見た時だった。
最初は実は悪い方に。つか芝居特有の大袈裟さに苦手意識を持った。
それでも、回を重ねることで慣れも手伝って、その演技に引き込まれていった。
「出発」で印象に残っているのは、明子を笑わせるためにスーパーマンになろうとするシーンとお父さんを叩き売りするシーン。本当に凄かった。力技なんだけど、あんなに心を動かされたことってなかった。何度も何度も倒れては立ち上がって地面を蹴る。瞳を見開いて声を嗄らしながら口上を続ける。
私は、戸塚くんって自分の命を燃やしながら演技をしてるんじゃないかなぁと思っている。
そのエネルギーが舞台上に発露して、客席全体を包む感覚がとても好き。
あんな風に全力で演技する人を見れるだけで、私は幸せだと思う。

 

もう一つ、戸塚くんの演技の魅力は「目」だと思う。
目は口ほどに物を言う、というけれど、戸塚くんの目が語ることはとても多い。
特に好きなのは、瞳に慈しむような光が宿る瞬間と、怒りの瞬間。
前者は、「静」の見せ場のシーン。
悲しみや寂寞や諦めや色んな感情を包み込み昇華させたうえで、全てを心の底から愛して赦しているような綺麗な瞳。どうしようもなく切なくて、愛おしくて、胸が締め付けられる。
後者は「動」の見せ場のシーン。
眦をキッと吊り上げて、睨みつけると、普段の穏やかな雰囲気が霧散する。戸塚くん本人があまり見せることのない、世界中全てを憎んでるみたいな強い眼差しがすごく好き。

目は「魂の窓」とも言われる。戸塚くんの目の演技に惹かれる私は、そこにうつる魂に惹かれているのかもしれない。

 

私は、戸塚くんは、演じる役柄の心の部分をしっかりと理解したうえで、その役柄を演じる人だと思ってる。
だから、戸塚くんの演技を見ていると、戸塚くんと演じる役柄の魂が交差するみたいな瞬間を感じるんだよね。気のせいとか、欲目といえばそうなんだけど。
でも、私はその瞬間がとても好きで、だから、とても戸塚くんの演技が好き。