I like what I like

アイドルが好きです。

BACKBEAT一回目、もりもり全部のせ最高の巻

初日が終わりました!いやー、最高だったー!これ!これ!待ってましたーーー!!!!合法的にこんなに色々見せてもらっていいんですか?!

感想じゃないです、ただただ私が良かったと思ったところを延々と書き連ねていくだけです。(ツイッターで流すには長かった)

当社比五割増しで下品だと思います。申し訳ありません。

 

・絵の具で汚れた大きな手

ただのフェチズムだけど、汚れた手がとても好きだ。それはなにかを成そうとしている手だから。

・煙草吸い慣れてる感

言わずもがな。本当にね、煙草が似合う男だよ、戸塚祥太は……

・ベース!ベース!ベース!

ギターじゃなくベースというのがにくい。手しか見てない。むしろそれ以外に見るところあるの? 戸塚くん、楽器を弾く時のタッチが優しすぎてかわいいなって思います。

・弾きながらぴょんぴょんする時の足がかわいい

めちゃくちゃかわいい。うさぎかな????!ずーっとぴょんぴょんしててさすが体力あるなって思った。

・バンドパートからのダンス

可愛かったー!ダンスするなんて思ってなかったから、可愛くてときめいた。

・グルーピーとフ○ック

なに見せられてるんだ私…と思ったけど、見せてもらえるなら見ればいいじゃない?遠慮したら負け、どんどん双眼鏡使おうね。

・公開脱衣、自担の裸を見ていい時間

なに見せられてるんだ私…と思ったけど、(以下略)肌が真っ白でつるんとしててゆで卵か讃岐うどんみたいだった。

・5人で一緒のベッド

パンイチの男(の子)がでっかいベッドに五人一緒に入る。平和すぎる。シーツがユニオンジャックなのもかわいい。青春。ジョージが可愛すぎて卒倒しそうになる。

・酒とドラッグ

なんとなくアイドルとは遠くにあるべきものが思い切り堂々と存在している。すごい。

・女にのめり込む自担

女とデートするために仕事に穴あけるんじゃないよ!!(好き!!!!)

・ジョンに軽々抱きかかえられる

決して軽くはないはずなのに、めちゃくちゃ軽々持ち上げられてた。加藤和樹さんの腕力すごい。

・チビだし、ベースは下手だけど、顔がいい

戸塚くんが自分の『顔がいい』って言うの最高でした。『それは、そう』としか思わない。 芸術の才能に溢れていることを自分でもわかっているけど、バンドの中の自分を見た時『顔がいいだけ』と言いたくなるスチュが愛おしくて抱きしめたくなった。

・隙あらばキスする

最初びっくりしたけど、どんどん感覚が麻痺してくる。隣にいるのにキスしなかったら、せぇへんのかい!とつっこみたくなる。嫌な人は嫌だろうけど、私は最高でした。

・ベッドシーン

去年もベッドシーンのこと書いた気がするけど、去年とは雲泥の差だった。配慮などない。(もちろん配慮はされている)肩を抱く手なども見どころです。

・ラブミーテンダー

スチュも自分に酔ってただろうけど、戸塚くんも自分に酔ってて最高でした。双眼鏡で表情をガン見することを推奨します。

・ジョンのこと好きすぎる

スチュ、めちゃくちゃジョンのこと好きやん。と、思うし、戸塚くんも加藤さんのこと慕ってそうで見てて微笑ましかったです。

・髪型チェンジ

一幕:ずっとリーゼント→二幕最初:横で分けて前髪を上げる→二幕序盤から:前髪あり。めちゃくちゃよかった。二幕の最初の衣装がハイネックなのもまたいいし、アストリッドに髪型を変えてもらうのもよかった。戸塚くん前髪下ろすと急に儚さが増して今にも消えそうになるので(?)、すごく役に合ってた。

灯台のシーン

大切なシーンだから、戸塚くんはとても大事に演じていたと思う。次回以降しっかり見て、追加したい。

・ラストシーン

すごく良かった。ジョンを迎えにきたスチュ。死後の世界というものがあるのなら、そこでもまた物語が続いていくのかもしれないね。それは酒と女とドラッグに塗れたロックンロールな青い春の続きなのかもしれないし、それとはまた違う穏やかな日々なのかもしれないし。そんなことを考えてしまうふたつの背中だった。

 

女性演出家だからたぶんそうなるよ、と友人に言われ大丈夫かなと思ってたけど、予想以上に大丈夫でした。生きてるか心配されたけど、ちょっと体調悪いのが吹っ飛んで生き返ってたくらいなので。やっぱり女が見たいものを具現化できるのは女なのかもしれない。よかったです。

全体を通してスチュは大体戸塚くんだったと思う。戸塚くんそのもの、というより、戸塚くんが憧れる戸塚くんだ、と私は感じた。戸塚くんが憧れる戸塚くん、なんて私にわかるわけないから烏滸がましいんだけど、まぁそれは私が思ったことなので。何にも縛られずに自由と愛のために生きるスチュを演じる戸塚くんを見ると、戸塚くんの少なからず抑圧された部分を感じてしまって、勝手に『ごめんね』って思ったし、勝手に『ありがとう』とも思った。楽しそうだったな。解き放たれていた。スチュのことほんとダメな男だなこいつ、と思いながらも愛おしいと思ってしまうのは、その向こうにすべてから解放された戸塚くんを見てしまうからなのかもしれない。本人から切り離して役だけを見ることは難しいなと改めて思う。でも、アイドル戸塚祥太のファンとしての私は、これでいいのだろう。

本人がどう思っているのかはわからないけれど、私は戸塚くんがこの役を演じてくれて良かったと思っている。自由で、生き生きとしていて、苦悩から解き放たれたようだったから。戸塚祥太で在ることをいつも選んでくれてありがとうね、戸塚くん。

「ダメなところも好き」にはなれなかった話

よもやま話です。去年の戸塚くんの誕生日あたりに書きかけていた記事をサルベージしました。

 

「◯◯くんのダメなところも好き」

この言葉にちょっとした憧れがあった。だって、かっこいいじゃん? 強くて優しいじゃん? マリアナ海溝並みの懐の深さじゃん?

だから思ったんだ、「戸塚くんのダメなところも好きになりたい」って。

そんなことを考え始めてしばらくは割と調子がよかった。「ダメなところも好き」と思えることは、戸塚くんのことをちゃんと「好き」でいることの証明のような気がして、どこか安心した。でも、それは一瞬で、これは窮屈だなぁとすぐに気が付いてしまった。そもそもなんで急に「ダメなところも好き」になりたいなんて思ったんだろう。もしかすると、防衛本能だったのかもしれない。流れていく時間の中で、「好き」という気持ちを切れさせないために自分を鼓舞する手段のひとつなのかもしれない。だとしたら、やっぱり窮屈だ。戸塚くんは今までと同じなはずなのに、何も変わらないはずなのに、私は「好き」でいることを義務だと感じてしまっている。

この問題が最近はずーーーっと付いて回っている。辞め時ってわからない。自担よりも興味がある対象ができたときしか担降りできないスタイルだから、自然と消えていくことはないから。

 

と、ここまでが当時書いていた内容。

なんだか担降りしたがっているような書き方をしている。この記事を書いた時はそうだったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。迷っていたのは事実だと思う。そのタイミングでここから先を書けなかったのは、やっぱりまだその時ではなかったからなんだろう。

それから半年経って、今の私は戸塚くんの「ダメなところも好き」ではなくなったと思う。というか、なれなかった。かと言って「ダメなところは目を瞑っている」わけでもないし、ましてや「ダメなところは嫌い」になったわけでもない。ただ単に、当時思っていた戸塚くんの「ダメなところ」を「ダメなところ」だと思わなくなっただけだと思う。

なぜそこから抜け出せたのかというと……結局は時間が解決してくれた、のかもしれない。気がついたら、ダメだなぁと思わなくなっていた。厳密に言うと、当時私が思っていた「ダメなところ」は、元々は「好きなところ」だったなぁ、と気が付いた、という感じ。私にとっては「それも好きなところ」なんだ。

例えば、よく言われているセットしない問題。アイドルという職業を鑑みると、たぶん一般的には「ダメなところ」なのかもしれない。でも、私にとってはそれは別に「ダメなところ」じゃない。その事実から感じられるちょっとした無頓着さも頑固さも自負も、私にとってはどちらかというと好ましいことなんだと思う。もちろん、いいところではないかもしれないけど、私にとっては好きなところ。

少し横道に逸れるけど、そもそも私はアイドルに対して「ダメなところ」があると思いながら好きでいることはできない。だって、私の中で「ダメなところ」って「直してほしいところ」と同義だから。どんなに近くにいる人にだって「直してほしい」と求めるのは苦しいのに、アイドルなんていう存在するのかしないのかもわからないほど遠い人に対して「直してほしい」と思うなんて不毛すぎる。不満を抱きながら好きでいられるほど、私はできた人間じゃない。

戸塚くんにびっくりさせられることもあるし、戸塚くんの言動が理解できないこともあるし、もっとうまくやればいいのにな、と思うこともある。でも、それは「ダメなところ」じゃない。私は戸塚くんの器用じゃないところも、拘りが強いところも、時々びっくりするほどストレートでうまく立ち回れないところもいいところだと思っているし、そこが好きなんだ。(もちろん、戸塚くんが大事なところはちゃんとしてくれていると思っていることを前提として。)

ただ、どれだけ好きだったとしても、その時の自分の感情やその他諸々で見方が変わることもある。どんなに好きでも、応援していても、ここは「ダメなところ」だなって思う時がくることもある。そんな時、私はそう思いながら誰かを好きでいることはできない。目を瞑ることも、大袈裟な話だけど許すこともできない。だから、そういう時に無理して好きでいようとせず、ただ時が流れて「ダメなところ」が「それも好きなところ」に変わるのを待っていればいいんだなぁ、と今回は学んだのである。(これは私がもともと戸塚くんのことをほぼ全肯定してるから辿り着いた結論なんだけど。)

ここに至るまで三ヶ月ぐらいはかかった。その間結構しんどかったので、途中で「いや、お前そこが好きやったやーん!?」と自分の襟首掴んで問い掛ければよかったかな?、とも思う。でも、無理する必要もないだろう。好きでいようとすることほどしんどいことはない、と今の私は思う。そういう時は素直に「ダメなところが気になってるから、今はちょっと好きじゃない」でいいや。

ここまで書いておいてなんなんだけど、当時自分が戸塚くんの何をダメだと思っていたのか覚えていなかったりする。心当たりはいくつかあるけど、はっきりこれだった!と断言できない。きっと、一地点で感じた感情が永遠に続いていくことなんてないんだろう。

 

もしかしたら、時が流れても「それも好きなところ」に戻らないこともあるかもしれない。その時は、もう仕方ないんだろう。その時が終わりのタイミングなんだと思う。

だって、私、「ダメなところも好き」にはなれないし。

奇跡みたいに美しい君の“今”を愛するということ〜戸塚くん、32歳のお誕生日おめでとう!〜

 

“supernova”

人と話したりすると 気付くんだ 伝えたい言葉が無いって事

適当に合わせたりすると解るんだ 伝えたい気持ちだらけって事

 

君の存在だって こうして伝え続けるけど

本当のありがとうは ありがとうじゃ足りないんだ

 

10年以上この曲が好きです。秋冬になると延々と聴いてしまいます。だから色々な思い出があるけれど、戸塚くんを応援し始めてから、この曲を聴くときはいつも戸塚くんのことを考えてしまうようになって、もう今では戸塚くんを表す曲みたいな気持ちになってます。だから、イントロが流れるとね、ふっと戸塚くんの顔が過るんですよ。戸塚くん元気かなぁ〜、って。この空の先のどこかで元気にやってるかなぁ〜、って。はぁ、何言ってんだか。恥ずかしい、恥ずかしい。



タイトルが長いし、エピグラフが寒いよ!!!!!


今年は「なにもしない」をしよう。あ〜あ〜、はちみつ食べたいなぁ〜〜〜。

くまのプーさんになろうとしていたのに、戸塚くんが自分の誕生日に向けてギアを一段上げてきたので、私も何もせずにはいられませんでした。転職する際には履歴書の趣味、特技欄に「自担アゲ」と書こうと思っています。チョロさには定評のある私です。

31歳の戸塚くんを振り返っていたら、やっぱりそこにあったのは『ジョーダンバットが鳴っている』でした。というわけで、戸塚くんの32歳の誕生日に寄せて、今回は『ジョーダンバットが鳴っている』にまつわるあれそれの話をしたいと思います。

今日もまた、ただの個人的なポエムです。ブログが長いのは担タレです。「伝えたい事だらけ」なんです。

 

 

 

『ジョーダンバットが鳴っている2』のこと

書籍の発売に先駆け、2018.1.6から『ダ・ヴィンチ』にて『ジョーダンバットが鳴っている2』の連載が始まりました。一年間の期間限定ではあるものの、第一回の『旅(前編)』で書かれているように「連載」という海にまた戸塚くんは漕ぎ出したのでした。

まだ航海の途中だから、ここでまとめることはやめておこうと思います。ただ一つだけ触れておきたいことがあります。5月発売の6月号で、戸塚くんは休載をしました。前回の連載期間中にはぼろぼろになっても書き続けた戸塚くんがした「休む」という選択。

賛否両論あるでしょう。良いのか悪いのか、わからないし決められない。

ただ、二年前の戸塚くんと“今”の戸塚くんを比べると、「戸塚くんは確実に変化している」。それを象徴する出来事だったように思います。


書籍『ジョーダンバットが鳴っている』のこと

連載終了から約2年の時を経て、『ジョーダンバットが鳴っている』の書籍化が発表されたのは、2017.10.28。昨年のABC座の千秋楽のことでした。(『ジョーダンバットが鳴っている2』のダ・ヴィンチ本誌での期間限定連載も同時発表。)

たくさんの声が寄せられのだろうし、この本を出版するためにやはりある一定数の大人が動いてくれたのだろうと思います。実感が湧かないまま発売日当日を迎えましたが、いざ書店に並ぶ本を見ると嬉しくて涙が出そうになりました。(実際は泣いたかもしれません。)

書籍を購入したあと、一冊を書き込み用として感想を書き込んだので、その一部をここに残しておきたいと思います。


01 スパイ大作戦(前編)
02 スパイ大作戦(後編)
10 父のこと

スパイ大作戦(後編)』がなければ、私は戸塚くんのファンにはなっていなかった話はよくしているけれど、きっかけになった回を読み返すとかなり感慨深かった。

戸塚くんが家族の話をするときはいつも、深い愛情と尊敬と感謝が感じられる。どこか誇らしげにそれを話す戸塚くんは、本当の「豊かさ」を知っているのではないだろうか。


05 伊坂幸太郎さんのこと(前編)
06 伊坂幸太郎さんのこと(後編)
17 一歩踏み込む

戸塚くんの好きなものへのまっすぐさは時に恥ずかしくもなるけれど、やっぱり美しい。大人になるということは、自分の気持ちを隠すようになることと似ていて、誰かに対する配慮や自分を守るために、心にあるものをそのまま発信することが難しくなる気がしている。私自身も子どもの頃に比べて好きなものを好きと大っぴらに言うことはなくなってきたように思うし。自分を形作るものをしっかりと伝えることができる戸塚くんはとても強いし(言葉にすることで強くなっているし)眩しい。


07 井ノ原快彦くんのこと(前編)
08 井ノ原快彦くんのこと(後編)
14 誕生日に思う

戸塚くんのすきなところのひとつ、「人を大切にする」ところ。嬉しい時、悲しい時、どんな時でもそこにいた誰かを認識している。戸塚くんを見ていると「人はひとりでは生きられない」ということを改めて思い出す。

だからこそ、戸塚くんの書く文章のなかにはいつも人の気配がある。誰かといるときはもちろん、ひとりの時だって、戸塚くんは人の気配を常に感じて生きているのかも。


09 僕にとっての錦織一清さん

「お前はお前のベストを探せ」と言われている気がした

この頃から「自分は自分にしかなれない」ということに気付きつつはあるものの、まだそれが実感を伴ってはいないように感じられる。誰かのことを書き連ねるのは、その象徴なのかも。


26 選択

2年の時を経てこの回を読むと、戸塚くんの成長にこの連載がどれだけ影響を与えていたのかがよくわかる。

「深く考えること」。きっと戸塚くんは以前から考える人ではあったのだろうけど、その考えの奥深くになる自分の意志や価値観まで潜ることはなかったのかもしれない。
大事な時に戸塚くんが書くことの種となるものが、この一回に凝縮されている気がする。


出版記念イベントのこと

2018.5.26。書籍『ジョーダンバットが鳴っている』の出版記念イベントの会場は、戸塚くんにとってのホームともいえる調布でした。

すごくアットホームなイベントで、いつになくリラックスして話す戸塚くんを見て、なんだか実家に招かれたような気分に。私は三部に参加させていただいたのだけど、ゲストとしてリアル地元友達ふたりを迎えてのトークコーナー、『光』の朗読、そして『Dolphin』…ではなく『炸裂する意志の躍動』の弾き語り、ひとりひとりをお見送り、と本当に自分のファンに向けられたイベントでした。

最後の挨拶で、「普段ステージやテレビのでの関わりが多いなかで、文字だけでもみんなに会いに行ける、そういう繋がり方が増えて嬉しい」と言っていた戸塚くん。そういうふうに思いながら書いているのだと思って、戸塚くんの綴る文章をもっともっと大切にしようと決めました。

とても気持ち悪いことを言うんですが、このイベントで「ファンは大事にされている」と感じることができたんです。たとえ大事にしてくれなかったとしても、こっちは勝手に好きでいるんですが、大事にされると本当にこんなに幸せなんだなぁ……なんて。あぁもうチョロくて恥ずかしいな。


 


書籍化された『ジョーダンバットが鳴っている』を読んで改めて思ったことですが、戸塚くんの言葉って驚くほどするすると体に入ってきて、胸の真ん中のやわらかい部分を内側から揺さぶるんです。心を揺さぶるんです。プロの力を借りていることももちろんあると思うけれど、戸塚くんはこの文章たちを書くためにたくさんの言葉の中から、本当に心に近い部分にある言葉を選んできたのではないでしょうか。そうして選ばれた言葉は、メンバーインタビューでの五関くんの言葉を借りると「読んだ人に嫌な棘を刺すことのない言葉」。まっすぐさや優しさ、他者に対する思いやり、そして多くを排除せず尊重するところ、そんな戸塚くんの素敵なところが選ぶ言葉にも現れている気がします。

戸塚くん自身は割と頑固な人だと思うけど、それを他人にまで求めないやわらかさと強さがあるような気がします。求めないということは、自分がもうそれを持っていて、信じているからなのかもしれません。

そんな優しい言葉が集まった文章で語られているものは「人間」そのものだと思います。戸塚祥太というフィルターを通して語られる「人間」。何かに憧れたり、失敗したり、成功したり、迷ったり、諦めようとしたり、(時に諦めたり)、転んだり、立ち上がったり……。そうやって、変化していく。そんな「人間」としての戸塚祥太が詰まっているから心に響くのだと思うし、大切にしたいと思うんです。

30歳を超えてから変化があったと戸塚くんはよく言っていますが、その地点を通り過ぎた今『ジョーダンバットが鳴っている』を読み返すと、その変化の兆しが見え隠れしているなと思うし、その変化のきっかけになったのはこの連載があったからなのかもしれないなと……ううん、この連載があったからなんだなと思います。

「潜ってください」という編集さんの言葉。その言葉に導かれて潜った深海は、きっと戸塚くんの心の海。そこで自分が本当に大切にしているもの、大切にすべきもの、そしてそれらを大切にする理由を見つけることができたから、“今”の戸塚くんはいるんだな。そう思います。

そうだ、31歳の戸塚くんについて考える時、もうひとつ大切にしていることがあります。それは、『伝打伝助』の鮮やかな幕引き。伝打伝助というもうひとりの戸塚くんの言葉で語られる世界はとても優しくて美しかった。捨てたもんじゃないなって思える世界だった。

あの優しくて力強い言葉を戸塚くんが手に入れることができたのは、彼が自分を取り巻く色々な点を線で繋げて、大きな世界を見つけることができたからかもしれないなと思っています。それはやっぱり書くことを通して彼が彼自身に向き合ったことを発端にしているのではないでしょうか。


『ジョーダンバットが鳴っている』の最終回『選択』で、戸塚くんはステージに立つことにすべてをかけるという選択をします。ただでさえ忙しい日々の中で慣れない書くという仕事をするのは大変だっただろうし、苦しかったんだと思う。ただ、この選択は決してネガティブな選択ではなくて、ポジティブな選択だと私は思っています。『ジョーバットが鳴っている』を通して、戸塚くんが自分のすべてをかけたいものを改めて意識できたからじゃないかなぁ、なんて。

最初は今ひとつ帰属意識を感じられなかった彼が、今ではジャニーズを愛してくれている。影を好んだ彼が、今ではステージに立って光を浴びている時だけ生きていると言ってくれる。奇跡みたいだなぁといつもいつもいつも、ほんっっっっっっとうにいつも思います。

ステージの上の戸塚くんは、いつも最高に輝いています。それはきっと大切でかけがえのない“今”を燃やしているから。一日を、一分を、一秒を、コンマ一秒、いやもっと、感じることができないほどの一瞬を燃やしているから。

戸塚くん、31歳の一年間も表現者の、ジャニーズの、A.B.C-Zの、戸塚祥太でいることを選んでくれてありがとうございます。

 

戸塚くんがした選択とはまた別の大きな流れの中で、『ジョーダンバットが鳴っている2』として再度連載を始めることになったわけですが、発売記念イベントで「文字だけで会いに行ける」と言ったように、戸塚くんは今まで以上に書くことを大切なことだと捉えているように感じました。“今”の戸塚くんなら両方にすべてをかけることもできるかもしれないと思ったり。そういうふうに戸塚くんの世界が広がっていく様子を見ることができて、とても嬉しく思います。

 

 

気が付いたら、戸塚くんを好きになって5年が経ちました。当社比長い間好きでいるので時々嫌気がさすことも、なくはないです。その度に「あの頃は…」なんて思うことも、なくはないです。
でもね、そう思っててもそのうちに、「やばい!!“今”が一番だった!!!!!」って思うことが起こるんですよ。これ、マジなんです。

過度な自担アゲは鬱陶しいけど、誕生日だし今日は許してください。

 

あのね。戸塚くんってすごいんですよ。

昔の戸塚くんもすごく素敵なんだけど、“今”の戸塚くんがびっくりしちゃうくらい最高なんですよ!

だって、ほら“今”も! この瞬間も! “今”もまた! 毎日毎分毎秒、最高を更新し続けちゃってるんですよ!!!!

みなさんの自担がそうであるように、私の自担もすげぇ最高の自担なんですよ!!!!!!

 

 

戸塚くん、誕生日おめでとう!!32歳の一年間を健康で心穏やかに過ごせますように!明るくて笑顔に溢れた一年になりますように!さらなる飛躍の年になりますように!

32歳の一年間も戸塚くんの心に従って、戸塚くんのものでしかない人生を生きてください!!!!

そして、その目で“今”見ている、キラキラ輝く優しくてきれいな世界を、また私たちに教えてください!!!!!!

 

そんでもって、おい、私!!見逃すんじゃねぇぞ!!!!32歳の戸塚祥太の“今”を!!!!!!

 

 

 

 

僕らの時計は 止まらないで 動くんだ

2018年上半期振り返り

もう下半期も半分終わろうとしているのに今更上半期の振り返りをします。最近老化が激しく、すぐに物事を忘れるので、書いておかないとやばい。

 

1月

 

全然記憶がない。何にもしてない。ノー現場!

年初の帝劇がなくなってすごく寂しい。でも、高いチケ代払わなくていいからいいのかもしれない。トニトニが私の中のJW最高傑作なので、別にこれから先年始の現場がなくても泣かない。あったら行きます。もちろん。

 

2月

全然記憶がない。

けど、よくよく考えたら伝打伝助でバキバキに打ちひしがれて再起不能になってた。2/28は友達とご飯に行ったんだけど、震えながら行った。今考えてもゾッとするほど鮮やかな犯行だった。

詳細はこちら↓

riiicco.hatenablog.com

 

3月

ヴァ、ヴァ、ヴァ!!!!全然期待してなかったのに割と楽しめてしまった。ぶっちゃけ戸塚くんさえいればなんでもいいんだな、私……などど思い、ちょっと落ち込む。

でも、あのメイクは絶対いらなかった。あと舞台前にいきなり声帯結節の話を教えてくれたのなんだったんだろう。あの件で心の中で戸塚くんと大喧嘩したんだけど、翌日起きたら綺麗さっぱり忘れていた。ちょろりんぬ。いや、でも、ほんと喉には気をつけて、きちんとケアしてください。

ブログはこちら↓

riiicco.hatenablog.com

 

ジョーダンバットが鳴っているの書籍が発売される。

全ページに細かく書き込みしたり、ヴァで投げ込む手紙に感想書いたり(自分史上最高の大作をボックスに入れて満足。絶対に読まないでほしい)、イベント応募の葉書に感想書いたり(感想という名の角川と編集さんへのお礼状含む)したら、それだけで満足してブログを書いていない。下書きにあるのでいつか書きたい。今書いてます。

 

4月

まだヴァを見た。メイクが薄くなってよかったです。

 

セクゾコンin静岡

初デジチケでアリーナを引き当てる。キラキラがバシバシ顔に当たって凶器だった。痛い。

めっちゃいいコンサートだった。お金がかかってるぅ!!

感想はこちら↓

 

riiicco.hatenablog.com 

掛川駅で食べたメロンのアイス美味しかった。

 

5月

ラストホールドを見る。

映画はふつうに楽しめた。やっぱり大きなスクリーンに自担が映るって嬉しいんだろうなぁと思った。塚田くん、とてもきれいだった。

映画館でFuture Lightが流れた瞬間は思わず涙ぐんでしまった。嬉しい。単純に。こういう嬉しいがもっと積み重なってほしい。

 

ジョーダンバットのイベントに当たった。よかった。これで当たらなかったらマジで死んでた。ご協力いただきました皆さま、本当にありがとうございます。

感想を書いていたけど、途中で力尽きていた。

調布というホーム中のホームで、とてもリラックスしている自担が見れた。プライベートの話をあまり公の場でしない戸塚くんが、リアル友達を連れてきてくれたことに謎の感動を覚える。余計なお世話でしょうが、今後とも仲良くしてください。

真面目に気持ちの悪い話をすると、我々はちゃんと戸塚くんに愛されているのだなぁと思った。恥ずかしい。何言ってるの??! オタク以外の人にはこんなこと口が裂けても言えないけど、そういう感傷に浸れる会だった。

まとめ代わりにツイートを引用。

戸塚くんの発言に関して、時々、それほんとにそう思ってる?と疑心暗鬼になるときもあるんだけど、『戸塚くんは心の中に存在していることを発信している』と信じようと思う原動力になった。もちろん、その通りにできないときもあるけど、それでもちゃんと思ったことを言ってるんだろうな。と、私は推測するし、信じ続けるのだろう。

「光」の朗読よかったな。すごくうまい!ってわけではないかもしれないけど、戸塚くんが声に出して読んでくれることで、彼にとって大切なシーンがありありとわかった。改めていい作品だと思う。

 

セクゾコンにも行ったけど、4月にも書いたので割愛。

 

6月

ご縁があって、バリータークを見る。泣いた〜。

剛くんの演技、ドラマでは見たことあるけど、生で見ると全然違う。なんというか……こわかった、というのが一番近い感情かもしれない。リアリティがありすぎて非現実的な感覚を感じた。『お芝居を見ている』と強く思った。不思議。完成されていて、私個人の感情が入り込む余地がなかった気がする。すごいものを見た。

 

LBTが始まる!

ラブバトル最高!ホールツアーかぁ〜って思ったけど、始まってみたらもちろん楽しかった。当たり前。いろいろ書きたいことがあるので、今日はこれだけにしておこうと思う。

 

 

上半期を振り返って思ったこと『現場がないと生きる意味を失いがち』

以上です。

Sexy Zone repainting TOUR2018

今年もGWは横浜アリーナへ!

2018年のSexy Zoneさんのコンサート覚書です。忘れぬうちに、よかったところ箇条書き。

 

 

🌹OP

ムービーがスタイリッシュすぎる。なんだこのおしゃれ。今のSexy Zoneの路線がよく表れてる。こういう風に売りたいんだろうなぁと思う。

 

🌹Unreality〜ROCK THA TOWN

初っ端がUnrealityだったのはびっくり!でも、この三曲でコンサートのスタイリッシュな雰囲気が一気に伝わる。演出のレーザーがかっこいい。いちいちおしゃれ。

 

🌹Birthday for you

直前のAIマリの流れからのこの曲。ハッピーすぎて泣ける。

repaintingされた新生Sexy Zone誕生日おめでとう!

 

🌹My Life

縦花でShots of  tequilaをスコーンていわすところ、毎回全私が心の中で爆笑

風磨くんのソロはバーテーブルが度々登場するの笑う。

 

🌹Mermaid

かわいい!モニターと連動したダンスがかわいい!曲自体は王道曲で下手したらずっとぼんやり見ちゃう曲なんだけど、演出の勝利。

 

🌹Kiss You Good-bye

よっ!久しぶりに会ったな!ジャニアイぶり!

ステージの下からおもむろに渡されるホルン笑うし、それ持ったまま歌うんかーい!!笑

 

🌹Pheromon

もうこれジャニオタみんなすき!みんな自担にやって欲しいでしょ?!

ようこそ、Sexy Zone Worldへ!!

階段使ったダンスとカメラワークが巧妙!

 

🌹O.N.E.

この歌を歌うコンサートを嵐がふたり(翔くん、潤くん)も見にきたのじわじわくる。嵐からしたら小鳥の囀りなんだろうけど。

そんなこの曲の演出に潤くんがアドバイスして(センステせり上がり)そのまま変えちゃうSexy Zone素直か。

 

🌹ラブマニ

フィンガーダンス見事!楽しい!もっといっぱい入ったら絶対振り完コピしてた!M◯ステ意識なので、舞台横のスペースでふましょりが見てら演出なんだけど、風磨くんは今すぐステージに出しても恥ずかしくないほど振りが完璧。

 

🌹Sing along song

客席に歌わせたくて試行錯誤してるのめっちゃ笑う。オーラスめっちゃ声出てた!最高!

 

🌹Mission

マジ中島って天才だよね?!

縦花の移動間で客席煽りまくるんだけど、めっちゃ盛り上がる。

か〜ら〜の、Tシャツバリバリー!!!!

わwらwうwwww もうやだ面白すぎwww

私以外にも中島ソロ後に過呼吸になってる人を多々見た。

 

🌹デジャヴュ

マリウスこの間まで10歳だったんだけど、いつの間にか大人になってた。かっこいい。ずっとゆらゆらできる。最高。おしゃれ。

 

🌹名脇役

歌割り最高!!!!

「他でもない君でこんな始末になってるんだよ」

「なにかしらの間違いでいいから 僕のものになってくれないかな」

は〜〜〜〜〜、無理!!!!!

 

🌹やっと来たか俺のピーチ〜PEACH

前回のsnow演出といい、Sexy Zoneさんのコンサートは楽しませようという意気込みがすごい。そして、予算が潤沢。マジで金がかかってる。

オーラスの万を辞して登場した風磨くん可愛すぎて泣いた。PEACH名曲すぎて視界がぼやける。かわいすぎて、無理。

 

🌹スキすぎて

マジかよ!?って思ったNo.1。一気に2012年の国際フォーラムに戻った私の魂。もう何年も踊っていないのに体が勝手に動くSexy Zone育ちたち。

 

🌹Fanstasy

もーーーー、すごい!きれい!!

ペンラ消した真っ暗な空間に浮かび上がるセンステ、飛び交い瞬く光。本当にファンタジー。異空間に迷い込んでしまったかのようなファンタジー。イッツ ファンタジー。

 

🌹シルムン

ま じ か よ 。

マジで泣いた。泣かずにはいられまい。心は2012年の(以下略)シルムンとともに蘇る思い出。

ペンライトの白に包まれた空間、センステの上で照明を浴びてキラキラ輝く五人のSexy Zoneを見るとなんか生きててよかったなぁと思う。ここまでこれたね、これたよ。ありがとう。

 

🌹フィルター越しに見た青

自主的に青ペンラにしてる人が八割ぐらい。みんな空気読んでる。上から見ると青いホログラムがひらひらと舞い落ちるのが、星が瞬いてるみたいで綺麗。

でも、あれマジで量多すぎて痛いからバシバシ当たる。凄すぎてみんな笑ってる。

オタクに連れられてどこかに行っちゃう青。静岡では、さわやか掛川本店の駐車場までいってたよ!

 

🌹HITOMEBORE

なんでひとめぼれなの?って思ったら、一緒に行った松島担が聡マリのパートができてるじゃんっていうから、なにぃ?!repainting!!!!?となった

 

 

いやぁ〜〜、Sexy Zoneすごい!去年もショウだなぁって思ったけど、今年もショウだった!!

挨拶で、一番になるって言うのほんとかっこいいし、事務所の期待をひしひしと感じているんだろうなぁと思う。正統派だもんね。

repainting、現在進行形なのもにくい。そう題したツアーで懐かしい曲を織り交ぜて過去をチラ見せしてくるのもにくい。うまい!!

今年はきっと、Sexy Zoneにとって飛躍の年になるんだろうなぁと思っていたけど、その勢いを肌で感じることができるコンサートでした。

普通にいいコンサートなのも嬉しいし、なによりも五人が手放しで笑ってるのがいいよね!!

あと、静岡で会場が緑色になったのよかったなぁ。オタクの想いが同じ方向に向いてるの、見てて気持ちいい。

個人的に『今が一番楽しい』と思えるコンサートができるグループって本当にすごいと思うから、そういった点ではウェルセク以降ぐらいのSexy Zoneはいつも今が一番楽しい!来年もきっと楽しいんだろうなぁ!!って手放しで思います。

今年もありがとう、Sexy Zone!!!!

 

ときめき担当、戸塚祥太〜ミュージカル 恋する♡ヴァンパイア〜

A.B.C-Zは現場のサイクルがわかりやすいグループだと思う。春〜夏は個人舞台、夏はコンサート、秋はABC座、冬は春夏に舞台に出なかったメンバーが個人舞台。もちろん例外もあるが概ねこのサイクルで一年が終わっていく。個人舞台は大抵が一年に一回。その年の自担の大きな仕事の一つと言える。

2018年の戸塚くんの個人舞台の発表があったのは、2017年11月13日。戸塚くんの31歳の誕生日のことだった。

 

『恋する♡ヴァンパイア』。これは、2015年公開の戸塚くんの映画初出演作品だ。私はこの作品については多くは語らないので、ウィキペディアでも見て欲しい。この年はバブルだった。なんと一年に二本出演映画の公開があり、地上波の帯ドラマに出た。今思い出してもすごい一年だった。なので、どうしても他の作品の影に隠れがちなのだ。別に嫌だとか嫌いだというわけではないし、恋ヴァ落ちの戸塚担だっているに違いないと思っている(いまだ出会ったことはない)。私の中では他の仕事に比べれば好きの度合いが劣後するというだけだ。まぁ、でも……特別好きではないかな(結局)

 

そんな「恋する♡ヴァンパイア」が三年の時を経て、ミュージカルになる。前回はヒロイン キイラがヴァンパイア、相手役の哲が人間という設定だったが、今回は逆転し、ヴァンパイア・ハイスクールに通う哲と人間のキイラのラブストーリーだ。

……ヴァンパイア・インターナショナル・ハイスクール?

ヴァンパイア・インターナショナル・ハイスクール?

これってhigh schoolですよね?つまりは、高等学校ですよね?ということは、こうこうせ……い? なんと、31歳の誕生日に高校生役を発表された。(ヴァンパイアなので本当に高校生なのかは怪しいと思っていたが、劇中で人間年齢では18歳と提示されたので間違いなく高校生だった。)

……大丈夫?(笑

これは一例だが、他にも色々懸念点があり、正直初日まで期待半分不安半分で過ごしていた。

 

迎えた初日。3月9日。天王洲 銀河劇場。銀劇遠いわ、勘弁してくれ。と思いながらも通うのがオタクです。

結論から言おう……良かった。

「期待できないな」とか思ったの誰だ?はい、私です。大変すみませんでした。

但し、『作品として』良かったわけでは……ない。(言い切ってすみません)

『戸塚くんリア恋として』良かった。

 

リア恋という言葉は多義に渡るし、使う人によって意味合いも違う。ここでは、「アイドルと自分の世界線が交わるとしたら付き合いたいと考えている人」と定義しよう。

戸塚担の全員が全員、戸塚くんリア恋なわけもなく、好きの形はそれぞれだと思うが、多かれ少なかれ戸塚くんに男としての魅力を感じている方も少なからずいるのではなかろうか。だって、アイドルなんだもん。(もちろん、そうでない人もたくさんいることは理解しているし、こういう考え方を不潔に感じる人もいるだろう。そこは宗教の違いということで大目に見てほしい。悪気はないから、石は投げないで)

さて、今作について。戸塚くん自身もインタビュー等で話していたが、この作品で届けるものは「胸キュン」だ。こうなったら色んなことを忘れて「胸キュン」だけを受け取ろう、と思った結果……よかった。まぁ、ストーリーとかそういうのはこの際置いておく。なんでやねーん!と思いながら見るのがこの舞台のいいところ。ストーリーは心の目で見よう。つっこんだら負け。

 

以下、私がよかったところをつらつらと。

まず、哲くん、かわいすぎ。

おっと、勢い余って文字がでかくなった。ここから先、私の中の迸るパトスが抑えきれなかった際には、このフォントサイズでお知らせします。ご承知おきください。

いや、哲くん、可愛いんだ。まず喋り方がかわいい。ぶりっ子か?ぶりっ子だ。なに、あの甘えたような喋り方。声が心なしか丸い。背中を丸めるのと同時に声も丸めてる。なに?パン屋意識なの?パン生地捏ねてるの?それとも、おっぱいクリーム売ってるから、おっぱいの丸さかな?(ていうか、戸塚くんにおっぱいクリームとか言わせたのすごいね。面白いからいいけど)要するに最高。哲くんの声、丸くてふわふわ。丸くてふわふわなものってかわいいよね。マシュマロとか、綿菓子とか、肉まんとか。(肉まんがかわいいかどうかは人それぞれだ)

動作もかわいい。ヴァンパイア ・ハイスクールの校歌を歌う哲くん、最高。抜き打ちテストでへろへろになってる哲くん、最高。今すぐ手を取って引っ張ってきて、「もう!しっかりして!」って怒鳴りつけたい。

なにが言いたいかって? 

小動物感!

迷いこんできた兎を保護して、「おいき」ってリリースするところとか、兎よりもかわいいです。うさぎも真っ青。恋ヴァの青うさぎになっちゃう(?)

あ、顔が可愛いのはいつものことなので、言わずもがなです。

 

そんな、鈍臭くてダサい哲くんですが、ギターを抱えれば素敵な歌声を披露してくれます。ギター×戸塚くんって最高。

私は、男性がギターを弾くのを見てるのが好きで、特にコードを押さえる手の動きが大好きなのだが、戸塚くんの手、最高かっこいい。大好き。細かい話をすると、Gのコードを押さえる手の形が最高に好きなんだ。しかも、戸塚くんは、人差し指中指薬指でなく、中指薬指小指で押さえている。一つ指が違うだけで天と地との差だ。いや、これ、最高ですか。どのコード押さえている戸塚くんも好きだが、Gを押さえてる時が一番手の美しさと大きさが感じられ、個人的には一等賞であります。(どうでもいい情報だが、好きなコード次点は、Bだ)

※Gのコードはこちらをご参照ください。

Gコードの押さえ方(指使い) | ギターのコツ

 

さて、作中では四回ギターを弾くシーンがある。

①ヴァンパイアの世界で自分のどんくささを噛み締めつつ歌う(哲のテーマソング)

②一回目に散々な印象を与えたものの諦めきれず再びキイラに会いに行って、コード進行に関するアドバイスをしたのち、弾いてみせてと言われて歌う(哲とキイラの恋歌)

③②の曲にキイラが歌詞をつけて、それを曲に乗せて歌う(哲とキイラの恋歌)

④エンディング(哲とキイラの恋歌 ロックver.)

どれもかっこいい。全部好きなんですが、③が最高。

ひなちま、今すぐそこ代わって!(ふたりが可愛い!)

おっと、本音と建て前が丸っ切り逆だ。

いやでも、ひなちまはかわいい。顔がかわいいし、表情の作り方もかわいいし、仕草もかわいい。ひなちまのことは名前と年齢と乃木坂の子ってことしか知らないが、この子絶対いい子。いい子じゃなきゃこんな可愛くない。私が戸塚くんだったら、たぶん好きになっちゃうな。ハッハッハ〜!!そのくらいかわいい。

哲くんが歌うところを見てるキイラは、自分が作った歌詞を歌ってもらうのがめちゃめちゃ恥ずかしいんだけど、好きすぎて哲くんから目が離せないという感じが溢れ出ている。歌詞を見ながらも、時々キイラの様子をうかがいながら歌う哲くん、最高。

てか、もうそれ、戸塚祥太だから。リア恋大爆発で大惨事だ。

もし、rico(私です)と戸塚くんが同じようなシチュエーションを演じるとしたら(?!)、私は歌詞書いたよ!とか言わずに朝机の上にコード進行と歌詞を書いた紙をぺっと置いて出ていく。帰宅したら、その紙を見てギター弾きながら歌ってる戸塚くんがいて、あぁっ!恥ずかしい!でも、嬉しい!みたいな感じにしたい。(それはもうヴァの話ではなくてみんな大好きリア恋妄想だから、一回落ち着いてほしい)

 

そして、やはりこれを外すわけにはいくまい。ベッドシーンです。

ベッドシーンではない、ベッドシーンです。

※このシーンは、ヴァンパイアの世界での闘いに勝利し、無事に人間界に戻った哲とキイラが晴れて結ばれる(言い方に昭和を感じる)シーンである。

いやぁ、なんでどの舞台誌もこの写真載せてくれないかな?だって、ここが見どころでしょうが。きちんとしなきゃ、お母さん、怒るよ!!

戸塚くんの体は美しい。顔もそうだけど、体も含めて造形が整っている。広い肩幅、厚みのある胸板、逞しくも繊細な首筋……。なんだこれ。官能小説でも書き始めるのかと思うじゃないか(笑)書きません。

そんな美しい体の中でも際立って美しいのは、その手だと思っている。大きくて綺麗な手が、女の子の小さな手を包み込む様は、どこか神聖だ。生物学的な性差をこんなに素晴らしいと感じたことは、いまだかつてなかったかもしれない。生命の神秘。ダーウィンもびっくり。同じ魂の入れ物なのにこの違いが生み出されているのなんでなんだろう。もし、神様がいるなら、なんでこんなふうに違いを作ったのだろう、ということまで考えてしまったり……しなかったり……(笑)

あと、やっぱりその対比はセクシーだよね。まぁ、とにかくキイラと哲くんのベッドのシーンは最高ということだ。

 

 

常々思っていることではあるが、戸塚祥太という存在が放つ引力はすごい。何がすごいって、どうしようもなく苦悩を背負わせたくなってしまうところだ。彼の容姿のせいなのか、彼の放つ雰囲気のせいなのか、はたまた、彼の内側に在る実際に背負っている苦悩のせいなのか。たぶん、全部だ。なぜか個人舞台では尽くそんな役を演じてきた。ある意味、彼のパーソナリティがそんな役を引き寄せていたのかもしれない。

私は『熱海殺人事件』を見れていない戸塚担新規だが、当時友人からそのストーリーは些細を聞き、その悲壮な役所に衝撃を受けた。『広島に原爆を落とす日』のディープ山崎なんて苦悩という言葉を体現するかのような役だった。『出発』や『寝盗られ宗介』は、わかりやすく苦悩が表出する役ではないものの、その内側に抱える苦悩は言い知れない。つか作品は、テーマや描き方が苦悩とは切り離せないものだが、そこから離れた『Defiled』でもまた苦悩を絵に描いたような青年を演じることとなる。大変な役が続いたが、戸塚くん自身もそういった苦悩に満ちた役柄を演じることにある種のやりがいを感じていたのではないかと私は推測している。

そんな苦悩に満ちた役を戸塚くんが演じるならば、必然的に、受け取る側も大変な苦悩を強いられる(と、私は感じている)。そういった作品に触れたあとは疲れるが、その分得るものも多い。だから、考えるという行為と切り離すことができない戸塚くんの個人舞台の仕事を、私個人的としては、とても好んでいた。

ところが、今年は全く違う。哲には哲なりの苦悩があるだろうが、それはこれまで戸塚くんが演じた役に比べると取るに足らないものだし、そもそも苦悩を抱えるようなキャラクター設定がされていない。戸塚くんは、個人舞台というフィールドにおいては、やっと苦悩という呪縛から解放されたともいえよう。

しかし、今回、苦悩とは別のものを戸塚くんは引き寄せている。それは「女のエゴ」だ。見た目はダサいけどかっこいい男の子に好かれ、その人を自分の好きなように変身させる。情けなかった男の子が自分を守るために強くなる。キイラがそういったエゴを持っていない(ように描かれている)キャラクターであるため、そこまで主張してこないが、映画から続く「恋する♡ヴァンパイア」の根底にはそういう「女のエゴ」が存在しているように思う。私が映画そして今作に感じる「気持ちの悪さ」の原因は、やっぱりそれで、それ故にああ嫌だなぁと思いながらも見ることをやめられないのだと思う。こわい。

しかし、男性アイドルというのは、主張は様々であるが「女のエゴ」に生かされている側面もある。アイドルというのは往々にして『こうしてほしい』『こうされたい』という疑似恋愛の対象となるものではなかろうか。だから、それを否定するつもりは一ミリもないし、リア恋妄想とかして遊んでいる私には否定する資格もない。

 

突然だが、私はアイドルが好きだ。あっ、知ってるって?まぁ、もうちょっと話聞いてよ。

アイドルを好きな理由としては、大きく二つ、だと思っている。

一つ目の理由は、表現者として面白いから。アイドルの仕事は幅広い。歌もダンスもお芝居もトークもバラエティも、昨今ではキャスターやパーソナリティをやる人もいれば作家になる人もいる。要するになんでもできる。なんでもやらなきゃいけない。つまり、表現者としての色んな一面を見ることができるんだ。そこが、とても面白い。

もう一つの理由は、アイドルという存在自体が面白いから。彼らは、まさしく偶像(アイドル)で憧憬や崇拝の対象なのだ。憧憬と恋情は時に隣り合わせで、どちらかがどちらかを引き寄せることも多い。だから、幼い頃、アイドルに恋をする女の子も多いのだろう。とても興味深いし、それ故にとても惹かれる。

 

戸塚くんのこれまでの個人舞台は、演じる役柄や作品の性質としてアイドル戸塚祥太表現者としての側面が強調されていた。しかし、今年、舞台の上に立っているのは、表現者ではあるがアイドルの戸塚祥太だと考えている。アイドルの戸塚祥太が今作で背負ったものは、観客が役柄に彼を重ねたり、キイラに自分を重ねたりすることで得られる『胸キュン』や『ときめき』を与えるという役割だろう。

奇しくも、「ジョーダンバットが鳴っている」書籍化にあたり、これまで戸塚くんが載ったダ・ヴィンチを読み返していた私は、伊坂幸太郎氏が戸塚くんを評した「ときめき担当」という言葉に行き当たった。良くも悪くも戸塚くんは「アイドルの正統派」なのではないだろうか。それは、彼が戸塚祥太として生まれた瞬間から背負ってしまった業なのかもしれない。

戸塚くんのパーソナリティの引力よりも大衆から与えられた役割が勝った結果がこの作品だと、私は思っている。そして、戸塚くんは自身に与えられた役割を十分に全うしたとも。だから、これまであまり見れなかったものだし、これはこれでアリで、アイドルの戸塚祥太の仕事歴としては興味深いもの、というのが私のミュージカル「恋する♡ヴァンパイア」に関する総評だ。

 

ただ、ひとつだけ言いたい。こういうのはあくまで箸休めで気軽なものであってほしい。ライトな層に訴えかける娯楽であってほしい。舞台でもまぁ……与えられるなら消費するしかないけど、できることならもっと手軽な媒体で見たい。正直、舞台の仕事としてこれが続ければキツい。

一年に一度の個人舞台として、こういうのが続くとつらいなぁ……。そんなことを記事に書く日がこないことを願いつつ、今回は筆を置くこととしたい。贅沢かもしれないが、マジで頼みます。

 

 

(自分のための追記)

本人より言及のあった声帯結節についてはとても思い悩んだものの、私が心配しても仕方ないので、もう気にしないことにした。今回、ミュージカルということで歌に関して色々期待も寄せていたのだが、それは喉の心配がなくなってから再チャレンジしてほしい。もちろん、今作に出演したことで発声も随分変わったので、今後に続いていくものと考えている。

Beautiful Glider〜伝打伝助をめぐる物語〜

みなさん、こんにちは。考察厨です。

二月も終わりますね。明日は、大荒れとなるようです。もう春が近いですね。交通機関の乱れが予想されますので、明日の朝は十分にお気をつけて出勤・登校ください。

 

本日のお題

戸塚くんが、公式サイトジャニーズウェブで連載していた「伝打伝助」について

 

***

 

インターネット文化として「個人サイト」出の私や友人は、伝打伝助(以下、伝伝)をどうしても個人サイトの連載のように感じており、よくそのように揶揄をしていたのだが、2018.2.27の時点になり、これは本当に個人サイトの連載だったのかもしれない、と衝撃を受けた。しかも、周到に準備された。

正直、戸塚くんの才能が妬ましい。

いつから、こんなことを考えていたんだ!こんな幕引きを考えていたんだ!おい!戸塚祥太!好きだ!ばか!!!!

 

2018.2.26

伝伝にて、伝打伝助の遺作として『炸裂する意志の躍動』の一文が更新される。みんなざわついた。「遺作」って、どういうことだ。いつ亡くなったんだ。少なくとも年始の時点で、伝助はバルセロナにおり、その記事を2018.2.23に投稿している。そこから2018.2.26までの間だろうか。たしかにそこからは、語り手が伝助であるという確信が持てる記事はなかった。

 

2018.2.27

伝伝にて、2016.11.13に書かれた伝助の手記が公開される。そこで知らされる事実に、またざわついた。なんと、2016.11.13から伝伝は戸塚祥太の手によって更新されていた。なんだよ、まじかよ。正直、しんどい。自担、しんどい。何やってくれてんだ。手記として公開された記事を読む限り、この終幕は2016.11.13には決められていたということになるのか?

まじか。約一年半、戸塚くんはこの日に向けて伝打伝助の物語を語り続けていたこととなる。空恐ろしい。最終日が今日になることを戸塚くんがいつ知ったのかはわからないが、それがいつになろうともこうやって幕を引くことは決めていたのだろう。伝伝での語り手は、時に伝打伝助で、時に戸塚祥太だった。それが意図的に行われていたと思うと、ぞっとする。まさか叙述トリックだとは思わなかった。これが単行本だったら2016.11.13までページを遡るだろう。実際、伝伝の更新後、ファンは挙って自分の画像フォルダ等を遡った。

伝伝の更新から数時間後、グループ連載えびブロの戸塚くんのページを更新。R.I.P(Requiescat in pace:安らかに眠れ)という言葉と共に、伝打伝助のバイオグラフィーが公開される。

伝打伝助、1970年7月30日〜2018年2月28日。

命日は、明日だ。添えられていたBUMP OF CHICKENの2010年の楽曲名。これは、おそらく戸塚くんが伝助に贈った曲だろう。ちなみに、『R.I.P』もBUMP OF CHICKENの楽曲で、伝助に贈られた曲と同じアルバムに収録されている。伊坂幸太郎の小説とBUMP OF CHICKENの楽曲は戸塚担の必修科目とされるべきだ。

そのまた数時間後、生放送のラジオにてお当番の戸塚くんのリクエスト曲で、上記BUMP OF CHICKENの楽曲『Beautiful Glider』がデビュー前に聴いていた曲として紹介される。

徹底してる。こわい。正直、しんどい。

 

2018.2.27

 

***

 

さて、ここからは2018.2.28の伝伝更新後に記したものとなる。2018.2.27現在、ここに何が記されるのかまだ想像できない。オラ、ワクワクすっぞ!(by孫●空)

では、どうぞ。

 

2018.2.28

昼休みだ。私は、緑のマークのコーヒーショップで震える手を叱咤してこの文章を書いている。読み始めると涙が出たが、最後まで読むと涙は出ていなかった。それは、私たちが薄々感づいていたことだった。だが、それを文字にされると心が抉られた。

しのごの言わず、今すぐ読んでほしい。たった数時間しか、この文章はこの世界に存在しない。儚くて、最高に美しい文章だ!

ここに、伝打伝助はいました。そして、戸塚祥太がいます。

生きづらさを感じている全ての人に、ふたりからのメッセージがあります。

 

2018.2.28 13:15

 

(2018.3.1 0:34追記、1:07修正)

2018.2.28 21:04

惜しまれつつそのページは閉じられた。*1

彼らの言葉をここに残しておくか最後まで悩み、一度は残そうとしたが、やはりやめておこうと思う。伝打伝助が生涯をかけて見つけ、戸塚くんの中にいま生きている言葉は、我々の心の中にそっとしまわれた。春を前にした太陽のように優しく温かく美しく輝いている、力強く、希望に満ちたこの記憶を、言葉を、忘れずにいよう。

 

R.I.P denda densuke

私たちの愛しい彼の片割れ

 

***

 

また時間は戻って、2018.2.27。

私はずっと『Beautiful Glider』を聴いている。戸塚くんにとっての伝助はこの曲で歌われる「あなた」なのだろう。

『Beautiful Glider』に関しては、この記事の解釈が私の気持ちを全て代弁してくれているので、ぜひ読んで欲しい。

http://insider.10bace.com/2017/08/09

 

これまで「やりたい事に似た逆の事」をしていた伝助が「飛び出した」、2016.11.13。当時の手記で「自分の人生を生きるため」と伝助も語っている。

そんな彼が最後に書いていたのが『炸裂する意志の躍動』だというのが、趣深い。引用された本文の「きみ」は、伝助にとっては戸塚くんであろうし、戸塚くんにとっては過去の自分であろう。(たぶんダブルミーニングだ。)『Beauiful Glider』の「憧れた景色とはいつでも会える 思い出せば」ともリンクする。

『炸裂する意志の躍動』と『Dolphin』の歌詞はリンクしている。これまた趣深い。「輝きが褪せない」にアクセスしたい時には振り返らずにただ愚かにダイブする『炸裂する意志の躍動』と、振り返らず急ぎ足にならずただ愚かに今を燃やしていく『Dolphin』。戸塚くんにとっては、ダイブする=今を燃やすことなのだ。愚かに今を生きることが、戸塚くんが、過去の自分と、「憧れた景色」と、会う方法なんだ。それは、2016.11.13の伝伝で語られた「1999年の横浜アリーナ」のそれなのかもしれない。

伝助は戸塚くんの愚かな生き方に影響を受けたと記していたが、戸塚くんも伝助に影響を受けている。伝助は戸塚くんの心の中にいる自分ではないもう一人の自分で、自分を肯定するための存在で、追い掛けるべき存在で。その伝助が亡くなるというのは、戸塚くんが戸塚くんとして一人で生きていくことを決意したということなのかもしれない、とも思うし、それができるようになったのかもしれない、とも思う。最終日の更新を見ていないため、今はまだわからないが。

(2018.2.28追記)

この部分は修正せずに残しておくこととする。私は、こう解釈している。

(追記終わり)

(2018.3.2 8:25 追記)

2018.2.27のえびブロで、過去から未来の記述をしていることを鑑みても、やはり伝打伝助を殺したのは戸塚祥太であろう。「殺した」というよりは、「その存在と自分の存在を一つにした」というのが私の考えである。だから、寂しくはない。私たちはいつでも、彼の中に在る伝打伝助に会うことができる。

(追記終わり)

 

ところで、デビュー前に『Beauiful Glider』を聴いていた戸塚くんの気持ちを想像すると涙が止まらなくなる。必死だったんだろう。自分が「選んでいくしかなかった」道が正しいと思いたくて、思うしかなくて。デビューすることを知っていても、知らなくても、怖い。これは、私の想像だが。

今、こうして私たちの前に戸塚くんがいる奇跡が愛しく、かけがえないものだと、改めて思う。

 

2018.2.27

 

***

 

もう何度も言ってきたことではあるが、私が戸塚担をやっていくうえでの魔法の言葉「戸塚くんの行動には絶対意味がある」をまたこうして実感できたことがとても嬉しい。最初は、戸塚くんの行動や、それを批判するだれかの言葉に惑わされないために、私が自分自身にかけた魔法のつもりだったが、今となっては実は戸塚くんの魔法にかかっていたのかもしれないと感じている。

戸塚くんの言葉に触れていると時々、構造式が見えることがあるんだ。一つ一つの行動や言葉が原子と原子が繋がって分子になるみたいにちゃんと繋がっている。発露している言葉が少なかった頃は、繋がっている言葉が見えないため行動が独特に感じられたり、あるいはその行動にすら気づかなかったり、また言葉自体の少なさから、彼がとても不安定に見えていたこともあった。だが、今はもう安定してる。他の何にも引っ張られることはないんだろうと思う。戸塚くんの言葉はずっと前から戸塚くんの中にあったものなのだろう。今までその時々で言葉にならなかったものがあるとしたら、それはまだ彼の中で言葉にするタイミングではなかったのだろう。きっと、彼自身の変化によって、秘められていたそれが言葉にして良いものとなり、繋がっているそれらが発露したからこそ、今の戸塚くんはとっても安定しているように見えるのだと思う。もちろん、戸塚くんが私たちに見せている行動や言葉がすべてだとは思わないが、これが私が見ることができる戸塚くんであるからして、私のなかではこれが正解なのだ。他人からしたら何言ってんだと思うこともあるだろう。押し付けに感じることもあるだろう。解釈違いはもちろん認める。私が、こういった想像や考察が大好きで、それらによって自担の美しいところを切り取ろうとしているめんどくさいファンだということは私自身が一番知っている。だが、やめるつもりはまったくもってない。これが、私の愚かな生き方だ!ドドン!

ところで、私は戸塚くんはすごく強運な人だと思っているのだが、今回改めてそう思った。いつからこの幕引きを思いついていたのかは知る由もないが、こうやって長い長い伝打伝助と戸塚祥太の物語をとても美しい形で終えることができた戸塚祥太の運はすごい。このタイミングでラジオの生放送があり、しかも自分がお当番で伏線を回収する機会を得られるなんて。戸塚祥太は、本当に神様に愛されている人間なんだ。それを引き寄せることができる人間なんだ。自担、すごい。(とんでもない自担アゲだが、今日は許して欲しい。)

戸塚くん、本当にお疲れさま。すべては戸塚くんが語ってくれたから、今日は湿っぽいことは言わずにいよう。ただ、ひとつ。こんな大作を世に送り出してくれてありがとう。おかげでとてもわくわくする時間を過ごせたよ。こんなふうに戸塚祥太の筆力を見せつけられたら、2018.3.31に発売される『ジョーダンバットが鳴っている』の単行本に収録される戸塚くんの書き下ろし小説が楽しみで仕方なくなる。はい、青字部分はテストにでます。

本当に自担、すごい!世界中に自慢したい!緑のマークのコーヒーショップに座ってる人全員に今すぐ私のスマホの画面を見せつけたい!

全米が泣いた!伝打伝助(本名:ダーリン・ダーリン)と戸塚祥太による感動大作『伝打伝助』

2018.2.28 これにて終幕!!!!ドドン!!

*1:そこには、伝打伝助から伝打フリークに贈る最期のメッセージが記されていた。それは彼の暗く長い闘いと救済の物語だった。